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【 闇の胎動 前編 】
〜Diablo Story No4〜



<<前編>>

 「ここは何処?」
朝、いつもと違った部屋で目が醒める。
少年は眠い目を擦りながら、部屋を見渡した。
−ガチャ・・キー・・−
音を軋ませながらドアが開く。
「なんだい、起きてたのかい?」
冷たい視線をした中年の女が入った来た。
「あ・・あの、ここは?・・母様は?」
歳は10歳前後、端正な顔立ちと華奢な身体。育ちのよさそうなその少年は、遠慮がちに女に聞く。
「今日からあたしがあんたの母様だよ。ほら、これに着替えたらさっさと食堂に来るんだよ。」
ベッドの上に荒い麻で織った服を投げると、ぶっきらぼうに言う。
「そ、それは、どういう事ですか?」
訳がわからず、きょとんとした顔で聞く。
「どういう意味も何も。今日からあたしがあんたの母様だって言ってんだよ。」
「?」
「ああ、もう!じれったいね!さっさと支度しな!でないとメシ抜きだよ!」
「で、でも・・・ここは?」
一向に着替えようともしない少年に業を煮やした女は、衝撃的な言葉を吐く。
「ふん!あんたはもう用なしだってさ!捨てられたのさ!その母様にネ!」
「そ・・そんな・・な、何故?」
信じられないその言葉に、少年は叫ぶ。
「食べたくなけりゃ、来なくていいのさ。あたしだってあんたの顔なんか見たくないからネ!・・・悪魔の子の顔なんてさ!」
そう言い捨てて部屋を後にする女の後ろ姿を見て、少年は驚愕する。
(・・・悪魔の子?・・・母様に捨てられた?・・・)

 少年の記憶では、確かにその前日までは、母と一緒に住んでいた。それも、城中に。
少年の名前はヨワヒム。小国ながら、ここシャーラムド国国王の嫡子だった。
北方の若き王、レオリックがこの小国に攻め入って来た時、時の国王、サナヒコス四世は、恐怖政治を布いていた。暴君に耐えかねた民衆は善政を布くレオリックを迎えようと時を同じくして立ち上がり、その結果、王は暗殺され、城は一夜にして落ちた。
そして、郊外の小さな城に住んでいたヨワヒム親子の元にもその手は延びる。母と従者は捕らえられ、ぐっすり寝ていたヨワヒムは、何も知らないまま睡眠薬を嗅がされ、そのままこの屋敷に連れてこられた。

 サナヒコス四世が恐怖政治に走ったのは、ヨワヒムが生まれた頃だった。
ただの街娘だったヨワヒムの母セリアを無理矢理自分に仕えさせた王は、ヨワヒムの出生を疑い、その猜疑心から狂ってしまったのだと民は噂していた。
と同時にセリアが魔女であり、国王を操っているとも。そして、ヨワヒムは魔王との子どもだとも言われていた。魔王と通じ、その見返りに国王の心を射止めた魔女と。
 そして、もう一つ、それは、やきもちを焼いた王妃の流言だとも囁かれてもいたが、人々は、最もらしく前述した方を信じ込んでいった。
 が、事実は決して魔女でも魔王と通じたのでもなく、権力も何もないセリアは、気まぐれで理不尽な国王の怒りに怯えるようにして郊外の城に住んでいただけだった。

 「母様・・・」
ゆるゆると服を着替えると、夢魔にでも引かれているかのようにヨワヒムは部屋から出る。そして、外へと・・。
「何処へ行くんだい?」
屋敷の玄関を出たところだった、先ほどの女が険しい顔をして出てきた。
「逃げようってんだね?」
−ヒュン!−
女が手にしていた鞭がうなり声を上げる。
「この・・悪魔が!」
−ビシッ!−
「!」
一振りで薄地のシャツは裂け、それはヨワヒムの皮膚まで裂く。あまりの痛みに少年は声も出ずよろめく。にも構わず、女は鞭を少年にしたたかに入れる。瞬く間に服は破れ、そこへうずくまった少年の背中は、ざっくりと裂かれた鞭の傷と鮮血で染まる。
−ビシッ!ピシッ!−
「ふん!こんな森の奥深く誰も滅多に誰も来やしないさ!逃げようたってそうはいかないよ!狼に喰われるのがオチなんだからね!」
気を失い欠けた暗闇に激痛と女の声が響く。
「・・どうだい?・・これに懲りたら二度と逃げようなどと思わない事だね!
この鞭は、司祭様からいただいたものさ。月桂樹の木を聖水に浸して作った特別な鞭なんだ。悪魔にゃよく効くだろ?」
「なんだ、どうしたんだ?」
「ああ・・あんた。この子が逃げようとしたんだよ。」
「なんだって?不逞ガキだ!」
屋敷から出てきた男に、すでに気を失っているヨワヒムを足蹴にしながら女は言った。
「チッ!世話をやかせやがって!」
軽く少年を持ち上げると男は屋敷の中へと運ぶ。
「ったく!喰いモンと寝るとこに欠かねぇってーから、引き受けた仕事だが・・・まさか悪魔の子の番人とはな・・・。」
ベッドにまるで荷物でも置くように少年をほかった男が忌々しげに吐く。
「でも、まぁいいじゃないか。適当に面倒みておきゃーいいんだからさ。」
「ま、そうだな。金はたんまりくれるしな。」
「そうだよ。上等の酒と肉・・。この子にゃ、死なない程度にやっときゃいいしね。」
「死んでも構やしねーよ。誰も見に来やしねー。生きてる事にしときゃいいのさ。」
「それもそうだね。」
にやっとお互いに笑い合うと、二人はさっさとそこを後にした。

 「母様ー!」
夢の中、少年は悲しげに笑う母と逢った。
急いでその腕の中に駆け込もうとする。が、その途端、背中に激痛が走り、少年は、はっと目を開ける。
「痛っ!」
がばっと上体を起こした少年は、背中の痛みでうずくまる。
手を充てると、まだ出血が治まっていないらしく、凝固しかけた赤黒い血が手の平につく。
「どうしてこんな目に合わなくちゃいけないんだろう?・・一体何が起こったんだ?・・ボクは、これからどうなるんだろう?・・・・母様は・・・?」

 前日までの生活とはあまりにも違いすぎるこの扱い。殺してしまっては、どんな災いが降りかかるかもしれないという危惧から、ヨワヒムは、幽閉されることとなったのだった。
『悪魔の子』の呼称が、絶たれるべき敵将の子としての命を救い、その代償として、この世の生き地獄に落としめた。



<<to be continued>>



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