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【 闇の胎動 後編 】
〜Diablo Story No4〜



<<後編>>

 最初のうちこそ部屋の外から盗み聞きしたりして、情報を得る事に専念したヨワヒムだったが、鞭と拳の嵐、耐え難い暴力の嵐の毎日が続き、逃げる事も死ぬこともできず、いつしか無気力状態に陥っていった。その表情からは感情が消え失せ、目は虚空を見つめるようになっていった。

 「気が狂うのももうじきだね?」
台所でヨワヒムの監視人である夫婦が他人事のように話している。
「ああ・・もうぼちぼちだな。狂っちまえば、死ぬのもそう遠くはないさ。
後は・・そうだな、その辺の村から普通のガキでも買ってこりゃいいんじゃねーか?」
「頭いいねー、あんた。悪魔の子かなんか知らないけどさ、あんな気味の悪い子といるよりゃ、よっぽどいいよ。あーあ、早く死んでくれないもんかねー。」
「そうだ。そうすりゃおまんまの喰い上げもねーしよ、一石二鳥ってもんさ。」
「ああ・・ホントだねー。」
ふふっと目配せする。
「ところでさー、あの子のおっかさん、いよいよ処刑だって?」
「ああ、そうらしいな。」
「ふーん・・やっぱり火あぶりの刑かい?」
「そりゃそうだろうよ。荒野で公開処刑だとか言ってたぜ。それに、魔女の処刑って言やー、昔っから火あぶりってきまってらーな。」
「そうだね。ああ、これでこの国もさっぱりするかねー。」
「まーな。俺たちには関係ないけどな。」
「そうだね。」
−バタン!−
突然ドアが勢いよく開き、ヨワヒムが飛び込んでくる。
「か、母様が・・・処刑?」
無表情になってしまっていた顔には、はっきりと驚きの表情が現れている。
「な・・なんだい?聞いてたのかい?」
女は突然の事で驚いて立ち上がる。
「なんだ・・正気に戻っちまったのか?」
男はヨワヒムの表情を見て、がっかりしたように言う。
「母様が処刑されるって・・本当なのか?」
「そうさ、本当だよ。・・これで魔女もいなくなるってもんさ。」
「か、母様は魔女なんかじゃない!」
そう叫ぶとヨワヒムは女に突進して行った。
「な、なんだい、あたしに逆らおうってのかい?」
女は慌てて傍らに置いてあった鞭に手を延ばす。
−ヒュン!−
鞭が唸りを上げて、女に向かっていくヨワヒムを狙う。
−パン!−
いつもと違っていた。鞭の先はヨワヒムの右手にしっかりと握られていた。
「この、クソガキがーっ!」
頭に来た男の拳がヨワヒムを襲う。が、左手でそれを掴むと、少年は思いっきりその腕に歯をたてた。
「ギャーッ!!」
「あ、あんた!」
そして、二人が怯んだその隙に、少年は裏口から飛びだした。
「ま・・待ちやがれーーっ!」
男の声を背後に聞きながら、少年はただひたすら走った。鬱蒼と木々が繁る森の中を皮膚が裂け血が流れだすのも構わず、走り続けた。とにかく森から出たかった。出れば多少の地理の知識はあったヨワヒムには、荒野までどういくのか分かるはずだった。

 荒野に厳重な囲いで作られた公開処刑場。
ヨワヒムは、満身創痍のうえ泥だらけ。それでも、途中こっそり荷馬車に乗り込んだりして、なんとかそこに着くことができた。
その日は、ちょうど処刑執行の日。柵の周りは、大勢の民衆で熱気溢れていた。人々は、磔台に縛りつけられたセリアを口々に罵っていた。中には石を投げつける者も大勢いる。
「か、母様ー!」
セリアは気を失っているのかぐったりとしている。
側へ駆け寄りたい。が、ヨワヒムにできることは、柵をぎゅっと握りしめ、じっと見守る事だけ。
(母様・・・・)
ヨワヒムは、母を目の前に、自分の不甲斐なさに悔し涙を堪えていた。大声で呼びかけることもできない・・・。
「点火!」
兵士長の号令が下る。
ーゴォ−ッ!・・パチパチパチ・・・・−
火はあっと言う間にセリアの足元に敷かれた藁に移り、そして、その上に重ねてあった木々に燃え移っていく。
「ギャー!」
その熱さにセリアが悲鳴を上げ、身体を反らす。
(か、母様!)
「わ・・私は・・私は魔女では・・ないーーーっ!」
最後に振り絞るようにして自分の無実を叫ぶセリア。が、民衆が耳を傾けるはずがない。
「死ねー、この魔女がーっ!」
「燃えちまえーっ!」
狂喜に支配された民衆が口々に罵り叫ぶ。
−ゴォォォォー!−
ものすごい勢いで燃え盛る炎。全身が包まれるのにさほど時間はかからない。
足の先からはい上がって行くように、みるみる間に皮膚を服を髪を燃やしていく。
「ギャアアアアアーー!」
その様子をヨワヒムは瞬き一つせず、いや、できずにじっと見入っていた。
あまりにものショックで恐怖も何も感じない。ただ目の前の光景を呆然と見つめていた。
セリアを包み込んだ炎は、一層激しく燃え上がり、その赤い炎の中で、彼女は焼けただれ、焦げていった。
(・・・・・)
母の名前を呼ぶことも忘れ、が、その様子はしっかりとヨワヒムの脳裏に焼きついていった。
時間が経つのも感じるはずもなく、磔台ごと炭化した母の身体が崩れ落ちるまで、まるで魔法にかかったかのように、少年はじっと見入っていた。

 「おい、そこの坊主?」
全てが焼きつくされ、片付けを始めた兵士の一人が、柵を握り、目を見開いたままじっとしているヨワヒムに声をかけた。
「片付けの邪魔だ!さっさと帰れ!」
ぎゅっと握りしめ、硬直してしまっていた少年の手を柵から振りほどくと、兵士は乱暴に押し退ける。
「あ!」
しりもちをついたヨワヒムは、そうしてようやく我に返る。
「・・か・・・母様・・・・。」
小さく呟いた時だった、近寄ってきた兵士長がその太い腕を少年に伸ばしてきた。
「おい・・お前、どこかで見たことあるような?」
「あ・・・・」
咄嗟に踵を返し、ヨワヒムは駆けだす。
「あ!おい!」
追いかけてくる?と思ったヨワヒムだが、幸運にもいまいち思い出せずにいた兵士長は追いかけては来なかった。

あてもなく走りながらもヨワヒムの脳裏には、先程までの光景が繰り返し映し出されていた。母の絶叫と共に・・・。
少年の心にはもはや感情らしきものは残されていなかった。その純真だった心は堅く閉ざされ、冷たくなっていく。そして、その奥底で、漆黒の炎が冷たく燃え上がり始めていた。


 「おお、気がついたかね?」
そこは、僧院の一室。あれから闇雲に走り回ったヨワヒムは、崖から足を踏み外し、川に落ちて流されていたところを、一人の神父に拾われたのだった。
「良かった、良かった・・・おお・・神よ、感謝致します・・・。」
ヨワヒムの手を取り、老神父は涙を流して喜んだ。
(神様なんているものか!ボクが今まで何度も助けを求めたのに・・・母様も助けてくれなかったし・・・。)
そんな神父を少年は酷く醒めた目で見つめていた。
そして、はっきりと悟った。人間への不信感ではすまされない自分の気持ちを。
(・・例え今は他人にへつらっても・・いつか復讐してやる。レオリックに、そして、民衆に。・・・いや、みんな消えてなくなればいいんだ!・・人間なんて、この世から!・・・)

 記憶喪失を装い、リオネルと名づけられたヨワヒムは、しばらくその僧院で育てられ、後年、その聡明さを買われ、とある男爵家の養子となり、王宮神学校へ入る。そして、首席で卒業した彼は、同時に王宮司祭の端席に身をおくことになる。
 博学であり、洗練された物静かな態度、その端正な顔から繰り出される笑顔と老若男女問わず優しく接する彼は、レオリック王のみならず、司祭仲間そして、民衆の信頼を確実に得ていった。その笑顔の奥底に隠されている漆黒の炎に気づく者はいるはずもなく・・。

そして、王が年老いてからようやく授かった王子、アルブレヒトの教育係を経て、異例の若さで、彼は司祭として最高の地位、大司教の地位を手にすることになった。大司教、リオネル・ラ・フォン・ラザルスの誕生だった。

 その後、旅の僧から強大な力を持つという石の話を聞いたレオリック王から、その石があると言われている遺跡の調査を命じられる。
 そして、そこで彼は、出会った・・闇の書・・恐怖の魔王ディアブロについて書かれた書物と。

 『おお、我が主よ、主こそ我が長年求めし真の主。我、命を賭して主に仕えん。我が命かけ、主の再降臨を果たさん。そして、この世を恐怖で包み込まん・・・混沌こそが、この世の全て・・・この世の真実・・。』



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