「ニケ・・ニケちゃん・・。」
魔導士キリーのやさしい声に、ニケはゆっくりと目を開ける。
「う・・うう〜ん・・キ、キリー・・?
「おはよ、ニケちゃん。」
「お、おはよ。ってキリー・・」
ニケは頭がぼおっとしていた。身体の感触もいつもと違う。
「あ、そうだ!魔王は?ディアブロは?」
慌てて周囲を見渡す。が、そこは、薄暗い闇が続いているだけ。
「ディアブロならあそこだよ。」
キリーのその声で、下を見る。そこには、小さな祠があり、その中に一人の魔導士が座っている。
それをじっと見入るニケ。
「え?あ・・あれって・・キリー?そ、それにあの首は?・・・」
そこには、ソウルストーンの刺さった自分の首を膝に抱くキリーがいた。
ぎょっとしてキリーの声のした方を見上げる。そこには、白く透明な人影、が、確かにキリーがいた。
「え?」
ニケは何気なく自分自身へも視線を移す。自分もまたキリーと同じ白く透明な身体になっていた。
「え?こ・・これって・・・?」
驚いてキリーを見る。
にっこりとニケに微笑みかけ、キリーは頷く。
「そうだよ、ニケちゃん。君の思ってるとおりさ。」
「思ってる通りって・・・。死んじゃったの、あたしたち?」
こくんと頷くキリー。
「え?でも・・あたしは分かるとして、キリーは・・キリーは・・?」
最後の様子をニケは、まだぼんやりしている頭で、必死に思い出していた。
確か、キリーは無事だったはず。
「いいんだよ、ニケちゃん。オレはニケちゃんをどこまでも守るって言っただろ?」
「よくないわよ・・そ、そんな・・。」
自分の後を追って・・・ニケは焦った。まだまだ未来があるのに、自分の為に一つの命を失くしてしまった。
「そうじゃないんだよ、ニケちゃん。」
キリーはそんなニケの思いを察し、やさしく微笑みかける。
「俺は、俺の魔導力を見てみたかったんだ。試してみたかったんだ、魔王、ディアブロを俺様の力で封じれるかどうか。」
「だって、キリー・・・」
キリーはニケの悲しそうな顔をそっと両手で包み込み、じっと見つめる。
「俺様がそうしたかったから、そうしたんだぜ!ニケちゃんに、いや、他の誰からも文句は言われたくねーな。」
「キリー・・・」
「それよりもさあ、笑ってくれよ、ニケちゃん!俺、ニケちゃんの笑い顔が世界中で一番好きなんだぜ!」
「う・・うん!キリー。」
何を言っても手遅れだとは、ニケも分かっていた。ニケは、悲しみを堪え、今自分ができるとびっきりの笑顔を作った。
「うん!それでいい!それでこそ俺様のニケちゃんさ!」
笑顔の片隅に悲しみがみえた。が、精一杯の笑顔にキリーも笑みを返す。
「じゃ、行こうか?」
「ど、どこへ?」
「ニケちゃんの村!」
「え?私の村?」
「うん!だって約束しただろ?ディアブロを倒したら一緒に行くって!」
「え?で、でも・・・」
「俺様の魔力をバカにしちゃ、いけねーぜ!」
「べ、べつにバカになんか・・・。ただ・・・。」
「ははは!でも、ま・・こうして行けるのも最後なんだけどな。」
「最後?」
「ああ、そうだ。今、奴が弱ってるうちに、思いっきりニケちゃんの好きな陽の光を浴びに、生まれ故郷にさ!」
「弱ってるうちに?」
「そ!そうしたら、俺たちはここで魔王を封印し続けるのさ。・・永遠に!」
「永遠に・・・」
ニケは、ソウルストーンの刺さった自分の首を見た。あの時のように悪魔の顔ではなく自分の顔だった。満足したような顔。
「ニケちゃん一人じゃ、封じ続ける事は不可能だ。だけど、俺様が一緒なら、それも可能になる。」
闇に飲み込まれそうになったニケの魂。首を切り離すことによって、一旦闇から開放されたが、いつまたそうなるかわからない。それをくい止める為にキリーの力が必要だった。ディアブロから逃れることができないのなら、共に封じよう、それがキリーの考えだった。
「ごちゃごちゃ言ってもしょうがねーや。行こうぜ、ニケちゃん!」
そう言って手を差し出したキリーの表情は、いつもどおりの顔。そこには迷いなど全くみられない。
「うん!」
後ろを見るのは止めよう!そう決心したニケは、差し出されたキリーの手を握る。
「よーし、行っくぜーっ!」
ふわり、と身体が浮く。そして、洞窟を抜け、地中から空中へ。
「わー!まぶしい!!」
抜けるような青空。太陽がさんさんと輝いている。
「うーーん、やっぱ、いいな、外の空気とお陽さんの光!」
「うん!気持ちがいいね!」
そして、二人は、ニケの故郷へ飛ぶ。
「あ!ふくろうのおばさん、こんにちは!」
「ほーほー!」
「あはは!返事してる!すごいや、ニケちゃん!」
「えへ、あたし動物と過ごすの好きだったの。だから、だいたいの動物とはこうしてお話してたのよ。」
「ふーーん。ますます惚れちゃったぜ、ニケちゃん。」
「もう、からかうんだから、キリーって。」
「からかってなんかいないって、俺、ホンキだぜ。」
「はいはい。」
「んだよー、ニケちゃんの方が俺をからかってるだろ?」
「えへへへへ・・・」
「あっ!ほら、あそこ。あのわら拭きの家が私の家なの。」
「おふくろさん、いるかな?」
「さあ?」
つい今し方まで笑っていたニケの顔が曇る。
「あ、ごめん・・落ち込ませるような事言っちゃって・・。」
「う、ううん・・いいの。」
そして、笑顔を見せる。
「じゃー、そろそろ帰る?」
「いいのか?」
「うん!いいの!その方がいいの。私なら大丈夫!」
顔を見れば、行きたくなくなる。ニケは、今一度母親に会いたいのをぐっと堪えた。
「そっか。」
「でも・・ちょっと待ってて・・。」
ニケの笑顔にそれ以上聞くのも止め、キリーはニケが家の前に下りていくのをじっと見ていた。
(おかあさん・・・。)
ニケは、家の外から母親に話しかける。
(ただいま、おかあさん・・。それから・・ごめんね、おかあさん。・・・でも、あたし、頑張るからね!二度と魔王が復活しないように!)
「行こ!キリー!」
再びキリーの方を向くと、元気良くニケが言う。
「ああ、行こう、ニケちゃん!」
再びしっかりと手を握り合うと、二人はそこを後にする。
−カタン−
二人が去ると、家のドアが開き母親が出てくる。
「ニケ・・お前は、私の、いえ、イゾルデの里の誇りですよ。がんばりなさい!・・お前は、人の一生では得られない長い時を過ごさなければならないのだから・・。キリーさん・・ニケを、ニケを頼みます。・・いつでも、二人の事を思ってますよ。」
彼女は、夜の帳が下りるまで、じっと立って空を見上げていた。
「じゃー、ニケちゃん、行くぜ!」
「うん!キリー!」
ニケの額に突き刺さったソウルストーンを前に、キリーとニケは向かい合ってお互いの決意を確かめ合う。心を一つにして、魔王を封じる為に。
二つの魂は融合し、一つの魂になる。そして、ソウルストーンの中に吸い込まれていった。
「おーし、来やがれ、ディアブロめー!」
ここはソウルストーンの中の異空間。その中心にあるクリスタルの中で眠っているディアブロを前に、キリーが一人で意気込んでいる。
「くすくす・・キリーったら!」
「お?ニケちゃん、何笑ってんだよ?俺様、真剣なんだぜ!」
「だって・・ディアブロ、触媒がなきゃ、何にもできないんでしょ?動きを封じられてて。向かってくるわけないじゃないの?」
「そ!ニケちゃんが、ディアブロの意に従わなきゃな。」
「そんなことするわけないでしょ?」
「だはははは!俺様という者がいるからな!」
「くすくす!」
「あ?まさか・・ニケちゃん、俺様より奴の方がいい、なんて?」
「そんな事あるわけないでしょ?」
「はっはっは!あったらやばすぎだぜ!」
「大丈夫だったら!魂が一つに融合してて、どうやったらそんな事できるのよ?」
「ははは!そりゃそうだ!俺様の意思はニケちゃんの意思でもあるんだからな。」
「そういう事!」
一つになった気持ちを確信し、にっこりと微笑む。
そして、全身を巨大化させ、そのクリスタルを包み込むように膝に抱えると、ゆっくりと眠りにつくニケとキリー。
永劫に続く時の流れの中、二人は一つ、いつまでも・・・。 |