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【 指輪物語 その1 】
〜Diablo Story No2〜





 その日も、宿、「日の出屋」の1階にある酒場は、戦士たちで賑わっていた。
お互い見慣れた風景、しかし、その顔ぶれは決して同じではなかった。ある者は修道院に潜ったまま二度と顔を見せなかったし、またある者は自分の腕に限界を感じ、そっとトリステラムを立ち去ったりしていたから。まあ、大方は、修道院に巣くうモンスターの餌食となったというのが正解なのだが。しかし、それでも何処からともなく集ってくる戦士たち。彼らの明日はあるのかないのか、彼ら自身、いや誰にも分からないことだった。

−ギギギギギーーーーー・・・−
入口の戸がゆっくりと開く。
よほどの酔っぱらいか話に夢中になっていない限り、そこにいるほぼ全員の視線が自然と戸口に行く。
2つの人影が入って来る。
−ざわっ!−
とその途端、酒場がざわめきたち、そこにいる全員に緊張感が走る。咄嗟に腰の剣の柄に手をやる者、壁に掛けた弓や斧、杖、など各々の武器に手を伸ばす者、魔法を繰り出すべく、胸元で手のひらを合わせ精神を集中し始める者、そして、真っ青になったまま身動き一つできない者、と様々である。
それもそのはず、戸口から入って来た戦士風の男の後ろにいたのは、修道院の地下深くに潜むモンスター、サッキュバスに違いなかったからであった。


サッキュバスとは、女性の姿をしたデビルである。それも結構手強いときている。
地下深くまで潜ったことのある戦士なら必ずといっていいほど、彼女たちから苦い経験を受けているはずである。
つややかな豊満な肢体に漆黒の翼、妖しげな視線の血の色の瞳。少し冷たい感もあるが、確かにそれで見つめられると、男ならだれしもふらっとしそうである。
が、その冷酷なまでの徹底した攻撃は、確かに彼女たちがデビルであることを物語っていた。

「ま、まてよ!こいつは、敵じゃねえ。何にもしねえよ。俺の命の恩人なんだ。」
男は、慌てて後ろに控えるサッキュバスを庇うかのように大声で言った。少しどもりながら。
「命の恩人だってぇー?」
戸口に一番近くにいた戦士が、さも疑わしげに男の後ろのサッキュバスを睨むように吐く。
「あ、ああ・・・そうなんだ・・だから、何もしないでくれ。頼む・・」
男は懇願するように言うと、サッキュバスを己の全身で庇うかのようにしながら、疑心暗鬼で見つめる戦士たちの間を縫うようにして、カウンター席の一番壁際に彼女と座った。
しかし、落ちつかないのは、周りも、そして、その男も例外ではなかった。ただ1人(?)現状を把握していないらしいサッキュバス本人のみ、落ちつき払い、物珍しげに周囲を見渡している。
「親父、何か食い物くれねぇか?何でもいい、もう何日か人間の食い物喰ってないんだ。」
誰も彼女に手を出さないと判断した男は、しかし、それでも周りを警戒しながら、吐き出すように宿の主人にオーダーする。
「な、なんでもいいと言われても・・ですねー。」
目の前のサッキュバスに半分、いやほとんど注意を取られていたオグデンは、そう答えながらも男の言葉が頭に入ってない感じだ。
「おい、親父!」
なかなか手を動かさないオグデンにしびれをきらし、男は催促する。
「あ・・ああ・・・た、ただいま。」
大声で怒鳴られ、ようやく気を取り戻したオグデンは、それでも今一度サッキュバスをちらっと横目で見てから料理にかかる。
料理を待つ間も、周囲の視線は二人に集中していた。男はその視線を感じながらもどうすることもできず、じっとしていた。
「カウー・・・?」
落ちつかない男を気遣ってか、彼女が、自分の両手を男の手に乗せながら、少し心配げに顔を覗き込む。
「ああ・・何でもない。大丈夫だ。」
男は彼女の手を握り返す。
にこっと微笑むと、彼女は男の肩に寄り掛かる。
「そうさ、何も心配ないさ・・・・」
そっと彼女の肩を抱く。


2人のその姿は、どうみても仲の良い恋人同士か夫婦。そんな様子に周り一同目を丸くしながら、飲食を忘れ2人を見つめていた。確かにサッキュバスには違いないが、襲ってくる気配もない。それどころか彼女の行動は、微笑ましく思えるほどだった。一気に酒を飲み干す男の口元に酒が伝わっていると、そっと自分の
舌で舐めて拭く。男に出された料理をちょっと手でつまんで、その熱さに驚き、小声を上げて、慌てて放す。そして、大丈夫か?と心配する男ににこっと微笑む。
同じ物を食べ、やはりデビル、口に合わないらしく、しかし、それでも、一生懸命作り笑いしながら、食べる。それは、ここにいるどの女より女らしく、可愛い感があった。最も、ここにいるのは、屈強の女戦士ばかりだったせいもあるが。

そこにいる全員の注目を浴びながら、男はいかにも飢えていたという感じで、ガツガツと次から次へと料理を平らげると、再び2人で酒場を出て行った。勿論、代金は即金である。

当然のごとく、それから数週間、村中どこでもその話題で持ちきりだったということは、言うまでもない。

そして、ある日、再びその男がやってきた。
ただし、今回は1人だけである。
「よいせっと・・・親父、適当に見繕ってくれ。」
カウンターにどかっと座ると同時にオーダーをする。
「は、はい・・ただいますぐに。」
山のような料理を平らげてくれたこの男は、オグデンにとっては上客である。彼はにこにこと愛想笑いをすると、忙しく手を動かし始めた。

「あの・・今日はあの方は、ごいっしょではないんですね?」
男がある程度料理を平らげ、人心地ついた頃を見計らってオグデンは、恐る恐るたずねた。
「あ・・?ああ、あいつか。あいつは、今日は来ない。下で待ってる。」
「そ、そうなんですか。」
ぶっきらぼうにそう答えたその男に、オグデンはそれ以上聞く勇気はなかった。

「おい、ホーダンじゃないか?」
食事に熱中している男の肩をぽん!と勢いよく誰かが叩いた。
「なんだ、誰かと思ったら、ラサスじゃないか。」
振り向いた男の顔が緩んだ。
そこに立っていたのは、数カ月前まで幾度となく一緒に地下に潜り、共に戦ってきた仲間の魔導士だった。
「生きてたのか?あの戦いで?」
信じられないという顔つきで、しかしいかにも嬉しそうに男に言う。
「お前こそ。」
ラサスのその笑顔に男も笑顔で応える。
「命からがら逃げて来たってとこさ。あの時はもうだめかと思った。お前の姿も見えないしな。」
「そうだな・・・俺も生きているのが不思議なくらいさ。」
2人は、その時の戦いに思いを馳せていた。

それは、初めて地下13階に潜った時。いきなりサッキュバスとストームデーモンの集団による集中攻撃。必死の応戦もさほど効を奏さず、退却も侭ならぬ状態で、仲間が次から次へと倒れていった悪夢のような体験。九死に一生を得、魔導士は移動の術でその場から抜け出、そして、ホーダンは・・・。

「俺も・・もうダメかと思ったさ。体力も気力も尽きかけてた・・だがあいつらは少しも攻撃を弛めようとしやしねぇ・・あいつらは死ぬことなんざ、これっぽっちも恐れていやしねぇ・・ただ、俺達敵を殺すことしか考えていやしねぇんだ。だが、俺も戦士の端くれ・・こうなったら一匹でも多くのモンスターを道連れにしてやろうって思った。・・・とにかく瀕死の状態で、周りに群がってたストームデーモンを倒した時にゃ、立っているのが不思議なくらいだった。気も遠くなりかけてたなー。ふと気づくと目の前にサッキュバスがいる。今にも魔弾を放ってきそうだった。で、俺は、とっさに目の前にあったデーモンの手を投げつけた
んだ。・・情けないが、それしかできなかった。・・で、その後は・・・覚えてない。・・・気が付いたら・・俺はどこかの洞穴に寝かされていた。傷の手当もしてあったんだ。」
「そうだったのか、それはよかった。でも一体誰が?確か一緒に行った仲間は・・・・後から誰かが来たのか?・・いや、そうなら逢ってもいいような・・?」
じっと静かにホーダンの話を聞いていたラサスが、疑問を口にした。
「・・・そうだ・・誰か助けが来たならお前と逢ってもいいはずだ。」
「じゃ、一体、誰が?・・・ま、まさか・・・確か数週間前、サッキュバスを連れた男がここに来たって話を聞いたが・・・」
驚きを隠せない顔で、ラサスはホーダンを見つめる。
そんなラサスに男はにやっと笑い返した。
「ああ・・そうだ。そのとおりさ。俺が倒れる前、目の前にいたサッキュバスが助けてくれたのさ。」
「そ、そんなことが・・・・し・・しかし・・・」
言葉を失ったラサスに、男は話を続ける。
「俺が投げつけたデーモンの指に、偶然にも指輪がはまってたのさ。前来た時にケインのじいさんに鑑定してもらったら、何とそれは、『エンゲージメント』とかいうやつだったのさ。」
「エンゲージメント?」
「ああ・・・婚約指輪という奴なんだとさ。」
「・・・・・!」
「どう誤解したのか、あいつは、すっかりその気になっちまったらしくて、俺を看病してくれた、という訳だ。」
「そ、そんな事があったとは、夢にも思えん・・・。」
「俺だってそうさ。・・・しかし、目が覚めた時には、びびったぜ。なんせサッキュバスが俺を覗き込んでたんだからなー。」
「意外すぎて、言う言葉が見つからん・・・。」
「ははは!だろうな!俺でさえ、今でも信じられねぇ・・・」
「で、地下に住んでるのか?」
「まあな・・・地上(ここ)に住むわけにゃいかねぇからな。看病されてるうちに情が移っちまったってやつだ。・・意外と可愛い所もあるんだぜ、あれで。だけどなぁ、食い物が違うからな・・・この前も今日もどうにも我慢できずに来てしまったのさ。あいつなりに一生懸命食料を調達してきてくれてはいるんだがなぁ・・・」
「・・・・だろうな・・・分かる気がする。」
「ははは・・・」
2人は、同時に笑いあった後、お互い何かに思いを馳せながら、静かに酒を飲み続けていた。




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【DIABLO】