精霊のささやき

 

そ の 1



チチチチチ・・ピチュピチュ・・。
涼やかな風が舞う森の中、魔戦将軍、シェラ・イー・リーは、その肩に一匹の拳大のナメクジを乗せて歩いていた。
「ねー、ナメナメちゃん、本当にここどこだろう?」
「ナメナメ〜〜〜(ううーーーん、どこだろう?)」
その太い眉をしかめ、首(身体全体)を傾げて答えるナメクジは、魔戦将軍、バ・ソリーのなれの果て。
二人、いや、一人と一匹は、惨劇の続く地獄の一丁目から、いつのまにか、見慣れぬこの地へ飛ばされていたのだった。
「ふーーー。」
まるで迷いの森。その出口を求め、歩き疲れたシェラは、大木を見つけるとその木陰に腰を下ろした。
「疲れた・・・・、」
「ナメー。(俺もー)」
「俺もって、ナメちゃんは私の肩に乗っかってるだけじゃないのー。」
膝にぴょんと跳び下りたナメナメを軽く睨むと、にこっとするシェラ。
「ナメ!(そうだけどよ。)」
「いつのまにかズタズタの身体が治ってるのは、いいとして・・ホントにここ、どこなの?」
周囲を見渡しならが、ため息をつく。
「ナメー(ふーーーむ)」
「なんとか戻らないと・・・もっとも、戻っても役不足なんだろうけど・・。でも、もし、ここへみんなを連れて来れたら、どんなにかいいか・・・。」
「ナメ、ナメ!(うん!なんとか出口を見つけようぜ!)」
「でも、少し休憩。」
「ナメ!(そうだな!)」
「夢じゃ・・ないよね?」
「ナメ。(多分な。)」
「うん・・。」
ここに来る途中、何度か両頬を思いっきり叩いたり、つねったりしてみた。そして、その都度、確かに痛みを感じた。
「今頃どうなってるのかな?」
「・・・ナメ〜・・。(・・・ああ・・)」
二人の脳裏に地獄の光景が浮かぶ。ここへ来る前のあの地獄絵図が。そして、一緒に旅をして来た人々を。
(きのこのおじさん、と言ったあの少年は今ごろどうしているかな・・?あの坊主もここへ連れて来てやりいものだ・・・。爆発で散りぢりになったみんなは?)
「いくら探し回っても、マカパインはおろか、誰もいないんだもん・・・一体どうなってるのかな?」
「ナメ〜・・。(そうだなぁ・・)」
およそセンチメンタルには縁のないナメナメだが、今日は少し違っていた。ほんの数時間前の事だったが、遥か昔のように感じられるここへ来る前の事を懐かしさをも感じながら、思い浮かべていた。
「ナメ〜〜・・。(出口を見つけて、できるもんなら、みんなを連れてきたいもんだ・・。)」
「・・・・」
「ナメ?(ん?)」
返事をしなくなったシェラの顔を見上げるナメナメ。
「ナメ・・。(寝てる・・・。)」
森のあちこちを歩きまわり、疲れが出たのだろう。ナメナメと話をしているうちに、シェラはいつのまにか眠っていた。
「ナ、ナメ〜・・。(か、可愛いなぁ〜・・。)」
肩に跳び乗り、そこから覗き込んだその顔は、甘い寝息を立てている普通の女の子のもの。
(おおーー!シェラの寝顔のドアップ〜!)
ナメナメは人間だったらこんな事はまずないと思いつつこの幸運を喜んでいた。が、次の瞬間、思った。
(ナメクジじゃ、どうしようもないじゃないかーっ!)
我が身の有様を呪ったが、次に思い直す。
(・・イヤイヤ、いかん!俺様としたことが、下品な!これでは、女ぐせの悪いD.Sやエロ忍者と同じじゃないか!俺様は、カル様が魔戦将軍の一人。品位を失っては!・・・でも、・・・シェラって魔戦将軍・・なんだよな〜・・。)
寝顔からは、到底想像できない事だった。
「ナメ〜〜〜・・。(ふあ〜〜〜・・。)」
(眠くなってきたな・・どれ、俺様も寝るとしようか。)
ピョンと再びシェラの膝に跳び下りると、ナメナメはそこで丸くなった。

 時が止まったかのような森の中。シェラとナメナメは全てを忘れ、やさしい夢魔の腕の中。
温かく包み込む木漏れ日とそっと撫でていくそよ風。眠りという至福の時を過ごしていた。


−ガサガサガサ!−
突然、近くの茂みがざわめき、その音に敏感に反応したシェラは、目覚めると共にすっと立ち上がり、魔爪を出し身構える。
そして、咄嗟に近くの切り株の上に跳び移ったナメナメも、身を強ばらせ、キッとその茂みを睨む。
「よぉ〜、シェラ!」
茂みから現れたのは、意外にもD.S。
「ダ、ダーク・シュナイダー?あ、あなたも飛ばされて・・・?」
その姿に安堵し、魔爪をしまうシェラ。
「ん?・・ああ、まーな。そうらしい・・。」
ぽりぽりと頭を掻きながらシェラに近寄るD.S。
「んとーに、どこなんだ、ここ?シェラ分かるか?」
「いいえ、さっぱり。」
「間違っても地獄じゃねーことは、確かだよな。」
見上げれば、木々の間から見えるのは、抜けるような青空と清々しい風、小鳥達の囀り。どうとっても飛ばされる前の地獄とは言い難い。むしろ天国。
「んー、てことはぁ・・・」
口元が綻び、シェラを見つめる目がにまっと笑う。
「こ〜んないいシチュエーション逃がす手はねーよな?他には人っ子一人いねーし・・。」
「な、なんですか?」
シェラの本能が危険信号を発し、思わず一歩下がる。
「いいから、いいから。すべて俺様に任せておけば・・」
「ナメナメーー!(そうはいかんぞー!)」
シェラの肩に跳び乗っていたナメナメが、D.Sの思惑を察知して跳びかかる。
−パン!−
「うっせーーんだよ!邪魔すんじゃねーよ、ナメクジ風情が!」
「ナメナメ〜〜〜〜〜!!(T-T」
軽く手ではたかれたナメナメは、木々の間を縫って遥か遠くに飛ばされていった。
「ん・・というわけで、完全に邪魔者もいなくなったし・・。」
「ち、ちょっと・・D.S・・・あなたには、ヨーコさんという人が・・・。」
一歩、また一歩と下がるシェラ。
「ん?ヨーコさんね・・・だってさ、今、ヨーコさんどこにいるか分かんねーしさ・・。」
一歩下がれば一歩近づくD.S。
「だいたいD.S、アウトオブ眼中の私なんか相手にしなくてもいいでしょう?」
「何だ?そのアウトオブ眼中って?」
「JUMPのバスタードページにだって、ヨーコ、シーン、カイ・ハーン、ネイ、姫様は出てても私は、どこにも出てないんだから、どうでもいいキャラでしょ?」
「んなこたぁーないって。」
「あります!・・だから、捨てておいてください。」
「そうもいかねぇな・・こんな訳の分からねー所に女を一人置いていっては、このD.S様の名がすたるぜ。」
勝手な事を言いつつじりじりとシェラに近づく。
「きゃっ!」
後ずさりし続けていたシェラは地表に突き出た大木の根につまずき、転倒してしまう。
慌てて立ち上がろうとするシェラの瞳に、目の前にしゃがみこんだD.Sの笑みが映る。獲物を捕らえた満足げな笑みが。
「・・ネ、ネイ様に怒られます。」
「分かりゃしねーって。今いねーんだからよ。」
「じ、じゃー探しに行かないと。」
「ああん?いいって、そんな事。多分、隠れ家で健気にも俺様の帰りを待ってるんじゃねーの?」
「じ、じゃー、早く迎えに。」
「ま、そのうちな。」
「そのうち、って・・・」
「で、カイ・ハーンは、多分、ヨシュアぐらいがどこかに隠していやがるんだろうし・・シーラは、ちらっと顔を見せただけで、またいなくなっちまった。で、シーンは、鎧の跡が消えたらいい事教えてやるって言ったのに、まだ鎧さえも取ってないしな。
・・・・と、言うことでぇ・・」
そのほくそ笑みを消し、その表情をいきなりクールに決めるD.S。
「・・シェラ・・」
(カ、カル様〜〜〜・・・・。)
万事休す。それ以上逃げ場のないシェラに、D.Sの手が伸びる。
−ドゲッシーーーン!!−
「いってぇーーーーーーっ!」
シェラの身体にその手が触れる直前、頭に激痛が走り、思わず頭を抱え、そこにうずくまるD.S。
「チッチッチ・・・いけませんな、D.S・・」
ふと気づくと、D.Sの背後にマジックハンマーを持ったアビゲイルが、眉間に皺を寄せ、D.Sを見ている。
「嫌がるお嬢さんを無理矢理に、というのは。」
「んにぉー?嫌がってなんかいねーだろ?第一、俺様に言い寄られて嫌がる女なんているわけねーじゃねーか?」
頭にできた大きなこぶを押さえながら、アビゲイルをきっと睨むD.S。
「おや・・そうなんですか?シェラ?」
D.Sからシェラに視線を移したアビゲイルは何ともいえない無表情。
「あ、あのねー、そこで勝手に納得しないで下さい!」
助けが来たとほっとしたシェラが、事の展開に慌てて答える。
「だそうですよ、D.S。それにシェラはカルの部下なのですよ。」
「それが何だってんだよー?カルのモンは俺様のモンに決まってんだろ?」
と勝手な事を言いつつ、視野がおかしいことに気づくD.S。アビゲイルもシェラも自分より遥かに大きい。そして、自分の身に何が起こったのかを察する。
「・・って、アビ公!てめーーー!」
「フフフフフ・・どうですか?二度目の『うちでの小槌くんグレート』のお味は?」
以前小さかったD.Sを元に戻したうちでの小槌、が、今回は、その逆バージョン!
「それとも、お早うマイマザー一番星くんグレートで、タコ殴りの方がよろしかったでしょうか?・・・イーッヒッヒッヒ!」
口許を少し上げ、いかにも満足げに笑うアビゲイルにD.Sは激怒!
「アビ公、てめー、こんな事しやーがって、どうなるか分かってんだろーなー?」
「ふん。そんなにちみっちゃくて、どうしようってんです?」
睨むD.Sを見下し、からかう様に嘲笑うアビゲイル。
「くっそーーー・・。」
すでに立ち上がって二人を見ていたシェラも、思わずその可愛らしさにくすっと笑いをもらす。
「へん!いいんだもんねー!小さくても!」
今の状態では太刀打ちできないと判断したD.Sは、いきなりシェラに向かってジャーンプ!勿論狙いは、その胸元。
−カッキーーーン!−
「っ痛ーーーーーー!(T-T」
空高く打ち上げられたD.Sは、あれよ、あれよという間に空の彼方へ。
「おおーーお見事!ホームランですよ、シェラ。」
手を額にかざし、その様子を見上げるアビゲイルがにまっと微笑む。
D.Sが目標地点に達する直前、以前、アビゲイルからもらったバットを背中から出したシェラが、思いっきり振った結果だった。
「ふーーー・・・。」
安堵感と共に、立てたバットにもたれ、シェラは大きく息を吸う。
「もう大丈夫のようですね、シェラ。では、私はこれで。」
「え?アビちゃん?」
「今の私は実体ではないのですよ。ですから、これ以上ここに留まることができないのです。」
「じ、じゃあ、幻影?」
「そうです。ですが、グレートくんは、本物ですよ。転送したのですから。」
にこっと笑うと、アビゲイルは、グレートくんをその場から消し、今自分の本体のある所に戻す。
「ここは一体どこなんですか?どうすれば元の場所に戻れるんですか?」
「さあ・・それは、何ともお答えできかねますが・・そうですね、多分答えは、あなた自身の中に。」
「私自身の中?」
不思議そうにそう繰り返すシェラの前、にこやかに微笑むアビゲイルの幻影はゆっくりと薄らいでいき、そして、消え去った。

「・・とにかくナメナメちゃんを探さないと・・」
しばらくアビゲイルの消えた跡を見ていたシェラはそう呟くと、ナメナメが飛ばされた方向に歩き始めるのだった。



*****その2に続く*****


 

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