Stardust Stargazer
−星屑(ほしくず) 星見人(ほしみびと)−


 
その1・生きる屍 

  
 「マイ・・・マイレリア・リオン・ドーシュ・・」
「え?」
ふとマイは何かに呼ばれた気がして顔をもたげ、そして、薄闇に覆われた自分の周囲を見渡す。
(えっと・・・・私って、確か・・・そう・・・私、校長室に呼ばれて・・・それから・・・校長先生を訪ねてらしたお客様に紹介されて、それから・・・一緒にお茶をいただいて・・・・・)

薄闇に目が慣れてくるに従って、自分がいるその場所の様子がわかってくる。
明らかに校長室でも、そして、マイの通っている学校でも、もちろん、寮でもない。
ドーム型の空間、いや、どこかの一室か。壁紙も何も装飾されてない、金属剥き出しの壁と床。
(あのお茶の中に睡眠薬か何かが入っていた?でも・・なぜ?・・・何かのマンガか小説みたいに、私の通ってる学校が人買いの片棒担いでるなんて聞いたことないし。)

アスガイール星系、第3惑星ガルズの首都、モンケチアにある全寮制のハイスクール[St.フォルセチーノ]は、いわゆる良家の子女の為の学校と言えた。過去歴史的有名な人物を何人も輩出していることもあり、その名前は、アスガイール星系内外に知れ渡っており、現在人類が確認している宇宙エリア中から、入学希望者が殺到するという人気だった。
それだけに、学園のパイプは人脈だけでなく、ありとあらゆる方面に通じているが、人身売買という種類の悪行には荷担してないはずである。身元も何も分からない生徒を得るというのならばわかるが、かくいうマイの両親もとある星のそれなりに権力も財力もある人物である。行方不明となれば、すぐにでも捜索願が出る。たとえ、誘拐だとしても、学園内から消えたのでは足がつきすぎる。

「ドアが・・・・」
すうっと開いたところから灯りが漏れ、通路のようなものがその奥に見えた。
マイは、それがこの部屋のドアだと判断し、不安を感じながらも、通路の灯りに誘われたかのように、ふらふらと歩き始めた。


細い通路をしばらく進むと、またしてもドアが静かに開き、マイをその中に招き入れた。

「えっと・・・ここ・・は?」
そこもまたドーム型の部屋だった。ただマイが気づいたあの部屋との違いは、天井にライトがあったことだった。

「中央へ進め。」
不意に頭の中に響いた声に無意識に従い、マイはそのライトの真下に立った。
それと同時に、音もなく、彼女の周りに人影が浮き出、マイはぎょっとしてその一つ一つに目を走らせた。恐怖心さえ感じないほど緊張していた。

「マイレリア・リオン・ドーシュ、アスノール星系第4惑星カンザミ星出身。宇宙連邦連盟議会副議長、タスコ・リザイム・ドーシュの娘・・・であったな。」
「・・はい。」
頭に響く威厳のあるその声にマイはただ短くそう答えるのが精一杯だった。
聞きたいことは山ほどあったのに。
「マイレリア、そなたと、そして、まもなく生まれるであろうそなたの弟は、選ばれたのだ。」
「え?」
「人類の未来を担う人物として。」
「え?」
何を言いたいのだろう、不意に誘拐するようにしてこんなところへ連れてきて、一体何を話始めるというのだろう、マイはその疑問を口にする余裕もなく、ただ呆然としてそこに突っ立っているだけだった。




ふっとマイの目が、いや、自我が目覚めた。
そこは、静寂に覆われたドーム。彼女の永遠の籠。冷たい機器に囲まれた彼女のゆりかご。
 「また夢を見ていたのね。そう・・・私にとってあれが人間としての最後なんだもの。あれ以降、私は人でなくなった・・・・・。とは言っても、人の外観は保たれてると聞かされてるけど、自分では見ることはできないから、人としての生は失ってしまったと言っていいのよね。」
ふっと彼女は小さく苦笑を漏らす。
「あれから何年たったのかしら・・・・ここには時も何もない。私はここから動けない・・いえ、手の先さえも動かせない。見ることも飲むことも食べることも・・・そして・・・・何かを直接肌で感じることもできない。私はただ眠るだけ。弟の、イザムの無事を祈り、分身を飛ばし、あの子を守るだけ・・・・私に許されたのは、分身を通してのあの子との触れあい。人としての生活。笑い、悲しみ、悩み、苦しみのある人間としての生はすべて間接的でしか体験できない。全ては分身の経験を通しての体験。・・・だから、夢を見ると昔の夢になってしまう。あの頃の私は、自由に動き回り笑っていた学生時代の私は・・もうどこにもいない。あの時も、校長先生に呼ばれなければ、友達と開店したばかりのファンシーグッズのお店に行くところだったのに・・あんな日々は、もう二度と来ない・・・。」


広大な宇宙、飛躍的な科学の発展を遂げ、その宇宙へ飛び出した人類を待っていたのは、超生命体の審判だった。
人類の宇宙への進出を認めるか否か、宇宙を供する仲間となりうるかどうか、そして、その判断基準jとなったのが、奇しくもマイの弟、イザイール・リム・ドーシュ、イザムの成長だったのである。
超生命体との接触、もしくは、彼らと対抗できるほどの能力をその身に秘めて生まれ出たイザム。
人類の存亡は、宇宙に受け入れられるかどうかは、イザムのその力の目覚めにかかっていた。
そして、人類の新たなる進化の芽でもあるそのイザムを巡り、様々な思惑が飛び交い、彼を巡って策略と計略が飛び交う。
姉であるマイは、その守護能力を認められ、イザムを、ひいては全人類の未来を守るという大義名分でもって、そこに縛り付けられたのである。


機械に埋もれ、機械に守られ、彼女は一人地中深いドームで眠り続ける。
弟の安否だけを気にかけ、心を飛ばし、眠り続けている。


「私が、死んだわ。・・・・・イザムを守って、私のクローンが・・・クローンの一人が・・・・。」


その日、彼女は久しぶりに自分の頬を流れる涙を感じた。
が、そんな感傷に浸っている暇はない。彼女は彼女を取り囲んでいるコンピュータに意識を飛ばし、新たなクローンの形成を開始させた。


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