【真夜中の地下街】


〜Another World〜

  

 「久しぶりっ!ちょっと遅いぞ!」
「ごめん、ワッコ、元気だった?」
約束の時間の3時は少し過ぎていた。地下街の喫茶店で、荻冬子、通称ふうこは久しぶりに中学の時の同級生の早稲美喜子、ワッコと会っていた。
「もっちよっ!ふうこも?」
「うん!、ねぇねぇ、私の学校に転入生があったのよっ!」
ふうこはテーブルに着くか着かないかのうちに興奮したように話し始める。
「どんな人?男?女?」
ワッコもその目を大きくして聞いた。
「うん・・それがね、男!ここんところ引っ越して来る家族も減ったからね。久しぶりの転校生で、もう話はそれで持ちきり!」
「そうね・・ちょっと増えすぎたって事で、区長の許可がいるようになっちゃったもんね。で、どんな男?」

「いらっしゃいませ。」
ウェイトレスがお絞りを持って来た。
「何にいたしましょう?」
「あっ、ちょっと待ってね。」
まだ、注文してなかった、と慌ててふうこはメニューを見る。
「ね、どんな男なのよ?」
ふうこがどれを注文しようか迷っている事などお構いなしに、ワッコは聞く。
「うん。ワッコもテレビで知ってるでしょ?昼間の世界の高校野球のヒーロー、七瀬秋人君。」
「ええ〜っ?!七瀬君って、あの、LP瓦斯高校のピッチャーの・・あの七瀬君?確かBEST8こそ入れなかったけど、春は彼の活躍で期待できそうって言われてる?」
「そうなのよ。これでうちの学校も去年の屈辱を晴らせるってわけ。もう学校中が一致団結、燃えちゃってるのよ!」
「でもさ、そうすると他の学校も考えるんじゃない?」
「ん、そうだよね。どう歯止めをかけるかって問題になってるらしいよ。」
「でしょう?」

「ご注文は?」
ウェイトレスがオーダーもせず話し込んでいるふうこにしびれを切らして聞きにきた。
「いっけない・・・ええ〜と、ワッコは何飲んでるの?」
「私はチューハイ。ここのは、衛生管理もきちんとされてるからいいよ。」
「ふ〜ん・・・私は、っと・・じゃ、このカナリアハイを。」
「かしこまりました。」
「何よ、ふうこ、馬鹿にリッチじゃない?」
「へへへ・・実は、私ん家が総動員で七瀬一家を仲間にしたの。大変だったんだから〜・・向こうのお医者様まで抱き込んでさ。」
「抱き込んだって?」
「うん。最後には、こっちの世界に来るために火事で燃やしちゃったのよね、家ごと。で、死亡診断書が必要だから、医者を1人半吸血鬼にしたってわけ。」
「なるほど〜〜。そうそう神隠しもないもんね。難しいところね。こっちへ引き込むというのも。」
「うん。そうそう。有名人だからあとあと何かとうるさいからね。」
「だろうね。」
「後腐れないようにするって大変。」
「でもさ、それで・・・たっぷり報酬をもらったってわけだ。いいな〜〜!」
「あっ、シーッシーッ!あんまり大声で言わないでよぉ!行きがかり上、仕方なくって事にして、何とか罰せられずにすんだんだからね!」
ふうこは、大声を出したワッコの口を慌てて抑えた。

「お待たせ致しました。」
ウェイトレスがブレンド・トマトジュースを置いていった。
「じゃ、私も何かお代わりしよっと。ふうこのおごりねっ!」
「仕方ないなぁ・・・一杯だけだよ。」
しぶしぶふうこは承知した。
嬉しそうな顔をしたワッコは、メニューを開く。
「えーと、何にしようかな?ここん所、財政が苦しくって、チューハイばかりなんだ。いくらその辺にいるどぶネズミじゃないって言ってもやっぱり、ネズミはネズミだからね。」
そう言いながらワッコは楽しそうに、メニューを見ている。
「う〜ん・・キディーハイもよさそうだし、ドギーハイ、これはいまいちだな。あっ、これがいい、ピーコックハイ!」
「ちょっと、それって、高いんだよ!」
「いいって、いいって!」
口を尖らせて文句を言うふうこを無視してワッコはピーコックハイを頼んだ。
久しぶりにリッチな味が堪能できる。
ワッコはウェイトレスが運んできたそのブレンドジュースを嬉しそうに手に持つ。にこっと笑った彼女には、鋭い牙があった。
「いっそのこと、みんな仲間にしちゃえばいいのにね!」


 ここは、アナザーワールド。吸血鬼たちの住む夜の世界。昼間の住人には決して見えることはない。
深夜は彼らの活動時間。その喫茶店には、彼らの食事である様々なジュースが置いてある。
昼の世界の人間をそうそう狩ることができないため、動物の血とトマトジュースとのブレンドハイがほとんどだが・・・・。

 そう・・昼の世界との接点は・・あなたのすぐ横にもあるかもしれない。
・・ほら、あなたを引きずり込もうとしている手がそこに・・・。

【お・わ・り】

お読み下さりありがとうございました!(^-^)


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