☆★ 子連れ狼、青空バージョン ★☆

*** パラレル番外編9 『金と銀の母子騎士』(1) ***
「私は私。カルロスは関係ないわ。」

 「気が付いたかい?娘さん?」
「え?・・・・」
見ず知らずの部屋、その部屋のベッドに寝ていたミルフィーは、そろりと身体を起こしながらそこにいる理由を考えていた。
そこは、黄金龍の世界。一人でこの世界に来て、三月ほど経っていた。
「飲むかい?」
気さくそうな中年の女性は、にこにこと笑いながら、ミルフィーの水の入ったグラスを差し出した。
「あ、ええ、ありがとう。」
「ホントに助かったよ。最近狼が増えたって聞いてたけど、まさか昼間っから襲われるとは思わなかったよ。」

ああ、そうだった、とその言葉でミルフィーは思い出した。
山道を歩いている途中で、狼の集団に襲われかかっていたこの女性を見かけ、急いで駆けつけて助け、そして、難なく狼は追い払ったというものの、急に走ったせいなのか、目眩がしてその場に倒れたこと。

「私・・・?」
「ああ、大丈夫、急に走ったり狼を追い散らしただろう?気が抜けた途端、貧血を起こしたってとこだろうね?」
「貧血・・・。」
そういえば、最近体調が良くないとミルフィーは考えていた。あの程度の狼や走りなどいつものこと。いや、聖魔の塔での探索などは、比べものにならないほど激しい。こんなことくらいで貧血など起こすはずはないのに、と不思議に感じた。
(ここへ来てから戦闘という戦闘もしてないから、なまっちゃったのかしら?)
ふとそんなことを考えた。事実、ここでの3ヶ月間は、本当にのんびりとした旅だった。銀龍の懸念する世界の崩壊など、本当にあるのだろうか、と思えるくらいだった。

「助けて貰って言うのもなんだけどさ、一人のときと違うんだよ。無理しちゃいけないよ。」
「え?」
何のことだろう、とミルフィーは女の顔を見つめる。
「一人のときと違うって・・・?」
「なんだい、あんた、まだ気づいてなかったのかい?」
「・・・気づいてないって?・・・え?・・・・」
女の視線を辿り、ミルフィーはぎくっとする。その視線の先はミルフィーの腹部。
「あ・・あの・・一人じゃないって・・・・あ・・・私・・・?」
女はにこっと笑って大きく頷きながら答えた。
「間違いないよ、さっき来てもらったお医者様が言っておられたからね。まー、しばらくゆっくりしておいきよ。あたしなら構わないからさ。」
「あ・・でも・・・・」
「無理は禁物だって言っただろ?あたしは、ノーマ。あんたはなんて言うんだい?」
「あ・・えっと・・・ミルフィーです。」
ノーマの言った言葉がどこか遠くで聞こえているような、そして、実感のないその言葉にミルフィーは戸惑っていた。

食事を持ってくると言ってノーマが部屋から出ていくと、ミルフィーはぼんやりとした頭で考え始めた。

この世界へ来る前。故郷ゴーガナスの剣術大会を終え、晴れて?再び自由の身になったミルフィーの身には、一大事件が起きていた。
それは、レオンがリーシャンの元へと去りそして、レイミアスも村へ帰ると言ってミルフィーの元を去った後のこと。
いつものカルロスなら大丈夫のはずだった。たとえ2人で旅をしてもミルフィーがミルフィーであり、カルロスがカルロスであれば、大丈夫のはずだった。
が・・・その日、一人で黄金龍の世界へ旅立つと言ったミルフィーの言葉に焦りと絶望を覚えたカルロスは、剣術大会でのこともあり荒れていた。
どうにもならない想い、どうあっても受け入れてくれそうもないミルフィーに対する絶望と悲しみと憤り、そして、愛しさ。
それでも、ミルフィーがそう決めたのならと、己に言い聞かせ、翌日には行動を別にしようと決心したその夜、カルロスの中の異なった想いと想いがぶつかりあい、つい深酒してしまった。前後不覚になるほどの深酒。
その結果が呼んでしまった最悪の出来事。泥酔状態のカルロスは、力に有無を言わせてその夜ミルフィーにその思いを押しつけてしまった。

「・・・カルロスの・・赤ちゃん?・・・」
腫れ物にでも触るかのように、ミルフィーは恐る恐る震える手で自分のお腹を触った。
「・・・赤・・ちゃん・・・・ここ・・・に?」
実感がわかなかった。強いていえば体調を崩していたこと、それのみで、他は何ら変わらない。
「あ・・・どうしよう?」
銀龍に崩壊へと向かっているこの世界を救って欲しいと頼まれてこの世界へやってきた。そんな段ではないのである。
が、事実は事実。どうしようもない事実。

カルロスとのことがあったその夜、眠ってしまったカルロスの傍をそっと抜け出し、ミルフィーはしばらく一人で考えていた。
なぜだかカルロスを責めるつもりはなかった。勿論ショックはあった。が、それでもカルロスの真剣な想いを知っていたという理由と、そして、自分が追い込んだのかも知れないという後悔もあった。ミリアが帰ってもまだレオンやレイミアスがいた。が、その2人が一度に離れていった寂しさ。もしかしたら人恋しそうな態度をとっていたかもしれない、ミルフィーはそうも感じていた。

何度も何度もミルフィーは自問自答を繰り返していた。が、答えはその都度同じだった。例えこういうことになったとしても、カルロスは自分にとって恋人とか生涯の伴侶という対象ではなさそうだ、という答え。そして、それでも、一緒にいたら流されてしまいそうな弱い自分がいるという答えもあった。
考えた末、最終的にミルフィーが出した結論は、カルロスの記憶を消して貰うこと。そして最初の予定通り、一人旅立つことだったのである。
が、それを頼まれた銀龍からは、人を想う心は後から後からわき出てくるものだから、消せないという返事だった。一端は消し去っても何かの拍子に思い出し、その後、どれ程の想いを抱えて暮らすのか・・そう言われ、ミルフィーもそれは諦めた。
「だから・・・あの夜のことだけカルロスの記憶から消してもらった・・・それくらいなら簡単だからといって銀龍もすんなり引き受けてくれたのよね・・・・・」
ひょっとしたらそんなことはしなくても、カルロスは夢だと思うかもしれない、そうも思ったが念のため記憶をけしてもらった。
が、まさかこんな事態になろうとは、誰が予想しただろう?
「それでも・・・例えこのことが分かっていたとしても・・・・」
カルロスは自分にとって冒険の仲間、それ以上のものではないし、またありえないとミルフィーは改めて思っていた。


「あっ!そんな重いもの持っちゃいけないよ!」
その翌日、ノーマの家の庭先で明るく笑うミルフィーがいた。
3年ほど前、ミルフィーより4つほど年上の娘を亡くしたノーマのたっての願いでもあった。
流産が元で病床につき若くして亡くなったノーマの娘。ミルフィーと我が子が重なり、どうしてもノーマは彼女を手放すことができなかったのである。
「自分の家だと思ってゆっくりしていいんだよ。え?大事な用?用って・・・はっきりしないんだろ?子供を無事に産むこと以外にどんな大切な事があるっていうのさ?いいかい?子供は神様からの贈り物さ。無事にこの世に送り出す、それは何よりも大切な事なんだよ。」

どうあっても出ていかせようとしないノーマに、一緒に暮らすことをミルフィーは決心した。ずっとここにいるわけにはいかないが、子供が産まれ、少し大きくなるまでなら留まってもいいのではないか、と。
「どうしてもやらなくちゃいけない事がおきれば、銀龍が何か言ってくるわよね?」
ともかく、現状では無理のできない身体であることは確かだった。
そして、戸惑いもあったが、母性本能というのだろうか、ミルフィーはお腹の子供に確かな愛しさを感じていた。
(・・・カルロスの事は嫌いじゃないわ。でも・・・どうしてもどう考えても恋人に対する気持ちとは違うのよ。・・だから、銀龍に頼んでカルロスをここへ連れてきて貰うのも、元の世界へ戻ってカルロスのところへ行くのも、気が進まない。・・・・)
まだ年若いというのに剣士の格好で旅をしていたミルフィーに、ノーマもあれこれ追求はしなかった。
「ごめんなさいね、わがままなお母さんで。」
ミルフィーは自分の決心を、お腹の子供に話していた。

時に複雑な想いに駆られたりもしたが、天性の明るさでミルフィーはノーマの農場を手伝いながらゆったりとした時を過ごしていた。



そして、無事出産も終え、ルードと名付けたその男の子がもうじき2才になろうとしていた頃。そろそろ旅に出てもいいだろうか、とノーマのことを気遣いながらミルフィーが考え始めていたころである。


「た、たいへんだっ!や、野盗が・・・・盗賊がこの村に向かってきてるぞっ!」
銀龍の言った世界の危機、静かな山村だったそこでは、嘘のように思えていたが、それは確実に世界を蝕んできていた。
度重なる争いで国は乱れ秩序は乱れ始めていた。

兵士崩れで結成されたと思われるその野盗は、その進行方向にある村や町を襲っては移動を続けていた。その残虐性は旅人の口から口へと伝わり、大陸中に響き渡っていた。

「野盗・・・・・」
「ミルフィー・・急いで逃げるんだよ!まだ山2つ先だって言うからね。今のうちならまだ間に合うよ。一番の早馬で山を下りて大きな町に行けば・・」
「でも・・・」

「おばさん!ミルフィー!準備はできたか?」
「ああ、サミー。ちょっと待っておくれ」
ミルフィーより3つ年上のその男、サミーは、ノーマの農場で働く気さくで明るい青年だった。ミルフィーの事が気になるのか、ルードが生まれる前からサミーはあれこれ世話をやいていた。
「ほら、ミルフィー、お急ぎよ。ルードの支度はあたしがするからさ。」
「でも・・ここで逃げてもまた同じ事を繰り返すだけだわ。」
「そ、そりゃそうだけど・・・だからといってどうするっていうんだい?ここにはやつらに対抗できるような軍も自警団もいないんだよ。麓の大きな町までいけば・・・」
何か考え事をしているようなミルフィーを、ノーマは急かす。
「ミルフィー・・ほら、急いで。」
が、くるっときびすを返して自分の部屋に入っていったミルフィーは、逃げる支度をして出てきたのではなかった。
「ミ、ミルフィー?」
「ミル・・フィー・・その・・カッコは?」
ノーマとサミーは、ミルフィーの出で立ちをみて驚いていた。
それは、ノーマと出会ったときのミルフィーの出で立ち。ここへ来てから衣装箱の底にしまい込んであった鎧兜。
はじめてみるその勇ましい出で立ちのミルフィーにサミーは驚き、ノーマは真っ青になる。
「だめだよ、あの時の狼なんかとは違うんだよ?」
「大丈夫よ・・多分。」
噂では、彼らには魔術の使い手はいない。ミルフィーはそこにかけることにした。
「ノーマ、ルードをお願い。」
「ミルフィー!」
「大丈夫だから。だから・・・ね?私が帰ってくるまでルードをお願い。それから、馬を借りるわね。」
「ミルフィー!」
ノーマとサミーが止めるのを制し、ミルフィーはタッっと外へと走り出て馬へ飛び乗る。
「行ってくるわ!」
ちょっとそこまでというような軽い口調と、元気な笑顔を見せ、呆然として玄関先に突っ立っている2人の前を、ミルフィーは後にした。


一山越えたところで、出会った野盗とミルフィーとの間で激しい戦闘があった。
数は確かに圧倒的に野盗の方に分があった。が・・・風術を操りそして神龍が太鼓判を押したミルフィーの剣技。男達は命からがら山林の中へと散っていった。

−カカッカカッ・・・−
「ただいま・・・ノーマ・・サミー・・・・・」
が、ノーマの農場へと馬を急かしたミルフィーを待っていたのは、ルードを抱いたノーマを前列に置きぐると囲むようにして立っている険しい顔をした村の男達。

ノーマからルードを受け取ったミルフィーは全てを悟っていた。
そして、それに追い打ちをかけるように、村人達が口々にミルフィーを非難しはじめる。彼らはいつか来るだろう野盗の復讐を恐れていた。そして、様子を見に行った者から聞いたミルフィーの戦い振りに恐怖を感じていた。
戦神か魔神のように戦うその様子、風を操り、男達を吹き飛ばし、荒くれ共の剣をも軽く流してしまうミルフィーに。


「出てってくれ!あんたがこの村にいれば、いつ生き残った奴らが仲間を集って復讐にくるかわからん。バラバラに散った今、奴らの進行方向は定まっておらん。こっちへ向かってきてもらっては困るんじゃ。」
かといえ、ミルフィーがここを去れば、ここへは来ないという保証もなかったが、村人は、ひたすらミルフィーがいることを懸念していた。
いかにノーマが、人々を責めようと、彼らは村の決定を変えなかった。
「それでもあんたたちは人間なのかい?ミルフィーは・・・あの子は命の恩人なんだよ?」

そして、ミルフィーはそんなノーマだからこそ、村を出る決心をした。
それ以上いては、ノーマにも迷惑がかかる。
それに、そろそろ旅立とうと思っていたのである。ちょうどいい機会なのかもしれない、とミルフィーは思った。

「ミルフィー・・・・」
「いろいろありがとう、ノーマ。私、お世話になりっぱなしで。」
「何、言ってるんだよ、娘の世話するのは当たり前だろ?」
「ノーマ・・・」
生きていたら母親とはこういうものなのだろう、とミルフィーはノーマのその温かさを感じていた。できるものなら別れたくない、それが本心だった。

「何かあったらこれを空に投げて。」
「え?・・・これ?」
「どんなときでも、どこにいても、駆けつけるから。」
ミルフィーが差し出した銀くさりの先には、灰色の鱗のようなものがあった。それを空に投げると何が起こるんだろう?それが銀龍の鱗だとは知らないノーマは、大したものでもないとは思いつつ、それでもミルフィーからのものだと、思いを込めてぎゅっと握りしめた。


−カポカポカポ・・・−
ゆっくりと馬を進めながら、ミルフィーは腕の中で楽しそうに周囲をきょろきょろ見ているルードに微笑んでいた。
後ろには、ノーマが無理矢理持たせた詰められるだけ食料を詰めた袋があった。
(ノーマ、ありがとう。あなたと出会わなかったら、どうなっていたかわからないわ。)
少し寂しげに後ろを振り返り、再び前を見たミルフィーは、心の中で自分自身に掛け声をかけ、勢い良く馬を走らせた。
「さ〜て・・・本腰入れるから、銀龍、何か情報ちょうだいよね?まだ間に合うわよね?」
−ドカカッカカッ−
青空の下、不安がないわけではなかったが、ともかくミルフィーはルード共にと旅立った。
「大丈夫、何があってもルードは母さんが守ってあげるから。」
「きゃっきゃっ!」
屈託のない笑顔でルードはミルフィーに応えていた。


注:本すじとは一切関係ありません。(笑

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