☆★ カルロス、記憶喪失 ★☆

*** パラレル番外編7(1) ***
 

 激しい戦闘の後、死の淵から奇跡的に生還したカルロスは、その記憶を完全に失っていた。
上体を起こしたカルロスは、不思議そうな表情で辺りを見渡していた。
「カルロス・・・覚えてない・・の?」
「ん?・・・オレはカルロスというのか?」
「私・・のことも?」
カルロスはしばらく青ざめ、強ばった表情のミルフィーを見つめていた。
「すまん・・・」
冗談だと言ってほしかった、が、カルロスの態度も、そして、その瞳からも、それが冗談などではないことは明らかだった。
「オレは記憶喪失ということか・・・しかし、大した問題ではないだろう。」
「え?」
どういうことなのだ?と思考を巡らせているミルフィーのあごにカルロスはすっと手を伸ばす。
「記憶を無くしたのなら、また新しく作ればいい・・・そうだろう?」
−パン!−
「急に何するのよ?」
条件反射とでもいうのか、無意識にその手を払ったミルフィーに、カルロスは微笑みながら付け加える。
「違ったか?」
「な、何が?」
「何がって・・そうだろ?この状況から判断して、あんたはオレの恋人かなんじゃないのか?」
「な、なにバカなこと言ってるのよっ?!」
恥ずかしさと怒りでミルフィーの顔は真っ赤に染まる。
「ど、どうしてそうなるのよ?!あなたと私は、単なる冒険の仲間よ!」
そう口走ったミルフィーだが、考えてみれば、そう取るのが普通だと彼女も思う。
倒れたらしい自分の傍に、女が真っ青な表情で心配そうにのぞき込んでいる、それはカルロスでなくともそう判断すると思われた。
「単なる仲間・・・・か?」
ミルフィーの焦りを帯びたその言葉を完全に信用したわけではなさそうであるが、それでも呟くように今一度聞き返したカルロスは、ミルフィーの返事を待たずに、ふっと笑う。
「そうか、それは残念だな。」
ゆっくりと身を起こすカルロスをミルフィーはじっと見つめていた。
記憶喪失などということがなかったのなら、肩くらい貸したかもしれなかった。が、今の状態ではなんとなくそうすることに戸惑いを覚えていた。

「あ・・・カルロス、大丈夫?」
立ち上がると同時にふらついたカルロスにミルフィーは思わず手を差し伸べていた。
それもそのはず、つい今し方まで死んだように横たわっていたカルロスを心臓が張り裂けそうな思いと共に見つめていた。こうして息を吹き返したことは本当に奇跡だった。まだ十分回復しきっていないはずのカルロスが心配でないわけはない。
そして、ようやく自覚したカルロスへの自分の気持ち。が、それがこんな状況になるとは思いもしなかった。

「カルロス?」
結果としてカルロスに肩を貸してしまった格好となったミルフィーは、それでも、返事がないカルロスを心配して横にあるだろうカルロスの顔を見上げた。
(し、しまったっ・・・・)
オレの判断に間違いはなかったらしい、と勝利宣言をしているようなカルロスの微笑みを見て、ミルフィーは焦る。
「つまり・・・そういうことか?」
「何が、『そういうことか?』なの?」
どん!と突き放そうと思った、が、足下がふらついていることは確かだと思ったミルフィーにそれはできない。わざときつくしたような口調で言い返すことが精一杯。
「記憶のないオレはオレじゃないか?」
「そ、そんなこと・・・カルロスは、カルロスよ・・。」
「そうか、それなら何も問題ないだろう?」
「問題って?」
「記憶があろうとなかろうとオレはオレだというのなら、何も問題ないじゃないか。」
「だから、何に対してどういう問題だというの?」
ミルフィーにはカルロスが何を言おうとしているのか分からなかった。
『カルロスはカルロスよ。』と言ったのは、記憶を無くして自信喪失になっているのか、との心配から答えた言葉だったのだが、カルロスはそれを違った意味としてとらえていた。
「こういう時は焦ってみたところで、何も始まらん。気の向くまま行動するのが一番いいと思わないか?」
「それは確かにそうかもしれないけど・・?」
だから、何が言いたいのだろう、とミルフィーはそのままカルロスを見つめていた。
「名前は?」
「あ・・ミルフィーよ?」
「ミルフィーか・・。」
呟くように彼女の名前を口にしてじっと見つめるカルロスを、ミルフィーもまたじっと見つめる。もしかしたら、少しでも記憶が?そんな期待がミルフィーの心の片隅にわき上がる。
が・・・カルロスの方はそうではなかった。

(記憶はないが・・・・これほどまでオレを心配してくれてるんだ。普通の間柄じゃないよな?・・いや、例え恋人でなかったとしても構わないんじゃないか?オレはどうだったか知らないが・・・この女は明らかにオレに気がある。)
その結論に達したカルロスの次の行動は決まっていた。
立ち上がった瞬間ふらついた足元もしっかりとしてきいていた。身体も別に異常はないようだ、と瞬間的に判断すると、寄りかかっていた格好からミルフィーをぐっと抱きしめる体勢に変えると同時に、そっと彼女の頬へと手をすべらせた。
−バッシーーン!−
「カルロス・・・あ、あなたって人は・・・・」
その態度は、以前のプレイボーイのカルロスの行動だと判断したミルフィーは、その頬に思いっきり平手を加えると同時に、素早く腕から逃れる。記憶を無くしている今、ミルフィーだからそうしているのではない。来る者拒まずのカルロスに違いない、と彼女は判断していた。
両手が恥ずかしさと怒りで震えているミルフィーに、一応叩かれた頬を手で押さえながらもカルロスは涼しげな表情で笑む。
(オレの感に間違いはないはずだが・・つまりこれは・・まだその段階まで行ってなかったということか・・・。)
プレイボーイ、カルロスの本能は、忙しく現状の分析と、次に取るべき行動をはじき出す。
「悪かった。」
性急な態度は控えるべきだと判断したらしいカルロスは、いかにも反省したと言うようにミルフィーに謝る。が、そうしながらもさりげなく手を差し伸べる。
−パン!−
今一度、その手を叩き払い、ミルフィーは叫ぶ。
「あなたなんて・・・あなたなんてカルロスじゃないわっ!」
「なぜだ?オレがカルロスだと言ったのはあんただろ?」
「違うわっ!カルロスだけど・・でも・・・・カルロスじゃないわ・・・」
ミルフィーを見つめるカルロスの瞳は、以前の彼女を一途に、そして、温かく見つめる瞳ではなかった。そこには愛情のかけらもなにも映ってはいない。ミルフィーだから求めているのではないことは確かだった。
「記憶があろうとなかろうと、オレはオレだと言ったのはあんただ。」
「でも、違うのよ・・・あなたは、私の好きなカルロスじゃ・・・」
思わず言ってしまったその瞬間、にやっとしたカルロスの勝ち誇ったような笑顔を見て、ミルフィーは数歩後ずさる。
「なら、力を貸してくれないか?きっとすぐ記憶は戻る。・・・一緒にいれば、きっとすぐに・・・ミルフィー・・・」
目の前に噂で聞いた女殺しの微笑みと甘い声色があった。
「オレには、君が必要なんだ・・・・・君だけが・・・」
真剣に想いをうち明けた時のカルロスをミルフィーは知っていた。その時の瞳と今のカルロスは明らかに違っていた。
「ミルフィー・・」
熱に浮かれたようにカルロスを見つめていたミルフィーは、その手が彼女の腕に触れた瞬間、びくっとしてその手に捕まえられる直前、その場から逃れる。

「カルロスの・・カルロスのばかーっ!」
それ以上そこにいると逃れられなくなる。
記憶がなくてもカルロスはカルロスなんだから、逃れられなくなってもいいじゃないの?彼の腕に飛び込んだって・・・心の底でそう囁くもう一人の自分の言葉を聞きながら、ミルフィーは一人走り始めていた。
「カルロスなんて・・・あんなカルロスなんて大っ嫌いよっ!」
それでも、今度掴まったら逃れられない、そんな気もしていた。
「どうして、カルロスなんか好きになっちゃったのよ?」
追ってきて欲しい、心の底でそうしてくれるのを期待していたのかもしれない、とミルフィーは考える。
が、逃げていく女を追う必要はないと判断したのか、カルロスは追ってきてはいなかった。来る者拒まずだが、去る者追わず、それも以前のカルロスはそうだったということをミルフィーは知っていた。
記憶が戻れば、とも思ったが、それがいつのことなのか分からない今、自分から媚びるのは悔しい気がした。
(そんなつまらない意地なんかはっていないで、カルロスはカルロスなんだからいいじゃない?記憶だってそのうち取り戻すんだろうし。)
そんな自分の言葉も聞きながら、ミルフィーは一人大木にもたれ、青空を見上げていた。
なぜか涙が止まらなかった。


そして、翌日、そこから数キロ離れた町で、ミルフィーはカルロスを見つけた。
美しく着飾った女性を伴ったカルロスは、呆然と立っているミルフィーを全く気にもとめず、すぐ横を通り過ぎていった。

(だから、言ったじゃない?つまらない意地をはらずに、カルロスにくっついていればよかったのよ!)
が、記憶がない今、たとえ一緒にいたとしても、それで自分だけを見つめていてくれるという保証はどこにもない。
(うるさいっ!)
心の中のもう一人の自分にミルフィーは怒鳴っていた。

(私・・私は、どうしたいの?)
自分で自分がわからなかった。
押しつぶされ悲鳴をあげている自分の心に無理矢理蓋をし、その町を立ち去る決心をしたミルフィーは足早に宿へ向かった。


注:本すじとは一切関係ありません。(笑

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