夢つむぎ

その1・女盗賊


 

「全く!なんだってんのさ!み〜んな同じことしか言わないんだから!!」
あたしは頭にきていた。それでなくても霧で真っ白の森の中をあっちこっちさまよって疲れきってるんだから。一歩先も見えない森の中で、偶然真っ白な蝶を見つけて、その後をつけて、ようやく町に来たのに。町には、『魔法の道具屋』、『取引所』『施術所』『防具屋』『武器屋』そして『宿屋』があったんだけど、どこでも同じ事しか言わなくって、まるっきり話になりゃーしない!こっちは腹ぺこでくたくたなのに!
「な〜にが、『ようこそザムハンの地へ。長老がお待ちしておりますので、一度お訪ねになって下さい。』だ!」
だけど、仕方ないのでぶつぶつ文句を言いながらも、長老の家に向かうことにしたあたしだった。

「お待ちしておりましたぞ、ヒルダ殿。どうも解せぬといったご様子、ごもっとも。さて、丘の上にそびえる城をご覧になりましたかな?」
あたしが長老の家に入るやいなや、真っ白な長い髭をはやしたじいさんが、話しかけてきた。
「あれこそザムハンの王の居城、アーケディア城。あの城が・・・いや、あの内にあるものがあなたのような方をこの地へ呼び寄せるのですじゃ。町の門は城へ通じ、招かれた者を送り出す門。まずはあの城へお行きなされ。そして、事の次第をご自分でご覧なるとよい。又、良き道連れとお会いできると思いますじゃ。」
「『良き道連れ』って、いい男かい?」
「いい男かどうかは存じませんが・・・まぁ直接その目でお確かめくだされ。」
長老はそう言うと、家の奥へ入っていってしまった。あとは、呼べども叫べども出てこない。他の店の時と一緒だ。
「ちっ、全く!どういう町なんだい、ここは!あの『ザムハン』らしいことは、確かだけどさ・・・。まぁ、いいさ、お城へでも行けばお宝にありつけるってもんさ。」
ってんで、町を出ることに決めた。と言っても腹はぺこぺこだし、疲れきっている、しかたないからまた宿屋を覗いてみたのさ。

「ようこそおいでなさった。ここは、時の狭間にさまよう旅人に、ひとときの安息を約束する所。5GEM頂くことになりますが、よろしいですかな?」
「現金な親父だねぇ・・・さっきは長老の家へ行けとしか言わなかったじゃないか?」
「先程は先程。この町ではまず、長老にお会いして頂くことになっておりますので。お泊まりになさいますか?」
「まぁね。腹はぺこぺこだし、久しぶりに風呂でも入ってゆっくりしたいからね。」
「それでは、前金で5GEM頂きます。」
「しっかりしてるね。ほらよ、5GEM。」
あたしは、2階の部屋に案内してもらうと、まず食事を頼み、風呂に入った。

「う〜ん・・・・生き返るぅ!」風呂に入るのも久しぶりだ。あたしは、垢だらけになった身体と埃まみれの髪をごしごし洗うと、のんびりと湯につかっていた。


「お食事ができましたので、下へお出でください。」
部屋の外からノックの音がして、宿の主人の声が聞こえた。
「部屋まで持ってきとくれよ。」
あたしは、風呂場から大声で叫んだ。
「申し訳ありませんがお食事は食堂でと決まっておりますので。」
「・・・・・しょうがないねぇ・・・分かったよ、じゃ、行くよ。」

その日、あたしは久しぶりにさっぱりし、胃袋にも一杯詰め込み、充実感一杯でぐっすりと眠った。ベッドで寝るのも久しぶりだったのさ。ここんところずうっと野宿だったからね。

次の日、朝食を取ると、あたしは早速お城へ行ってみた。森の中でまた迷っちまったけど、町まで案内してくれたあの白い蝶がまた現れて、お城まで連れてきてくれたのさ。本当に道案内してくれてるみたいな蝶だった。途中、岩場では巨大蜂の『ホーネット』、森では、『リンクス』とかいう肉食獣や『ジェリーカー』という足の生えた食人植物などが襲ってきたけど、なんとか倒した。なんせ金がなくって、ショートソードしか持ってないのさ。


なんて一人でぶつくさ言ってるうちにアーケディア城についた。・・・昔ここら辺一体を治めていた王の居城だ。封印されていたはずだから、多分お宝はまだお城の中で眠ってるんだろう。そう思うと自然に顔が緩んできちまって・・・ううう、盗賊の血が騒ぐってもんさね!・・ハハハ!根っからの盗賊だねぇ。・・・なんて思いながら、あたしは、蔦の絡まった城を見上げてほくそえんでいた。でもこの異様な雰囲気は、ちっとばかしやばい気もする。長老の話じゃ、戦士ご一行様が封印を解いたばかりだってことだから・・・・・できるもんなら、一緒に探索した方がよさそうだね。それに、こういうところは、結構扉とか壁に仕掛けがあったりするんだよね。本職のあたしの腕がないと、探索は進まないかもしれないし・・まっ、とにかく覗いてみるとしようか。

ーーギギギギギィィィ・・・ーー
あたしは、お城の大門を開け、中に入った。
「あたし好みの戦士でありますよーに。」

 門を開けて入ると、どうやら大広間のようだった。あたりをよく見ると、壁に絵が描かれている。北には獅子、南には孔雀、東に鷲、西に子羊そして天井には龍がその暗闇の中で浮かび上がっていた。まっすぐ行った突き当たりの正面にも大きな扉がある。その扉の前に男が3人ばかり立っている。扉が開かないみたい。(う〜んと・・・一人は、でっかくてたくましい、あれが戦士かな。で、もう一人の背の高いやせ型の男は・・・魔法使いかな、もしかして。で、最後の一人は、っと・・・なんか生臭坊主くさいな。それにおじんはいらんから、坊主はパス。魔法使いも・・・なんか遊び人っぽいなぁ・・・それに、何あれ?金髪碧眼はいいとしても、だよ、腰まである長い髪を後ろで一つに束ねて・・・み、三つ編みまでしてるぅ!・・・・
げー、寒けがする。あたしの好みじゃないよ。やっぱり、あの戦士・・だね。いいねぇ、あたし好みだ。筋肉隆々、強そうだし、男振りもいいし。)
あたしは、迷わず彼らに近づいていった。

思ったとおり、扉が開かなくて困っていたようだ。交代で押してみたり、引っ張ったりしていたようだ。
「大の男がみっともないね。いくら押しても引いてもその扉は開きゃしないよ。仕掛けがあるのさ。おそらく地下からのね。」
あたしの声で男たちがこっちを振り返り睨んだ。
「おおっと、そんな怖い顔しないどくれ。別にあんたたちのお城ってわけじゃないんだろ?あたしはヒルダってんだ。腕利きの盗賊さ。」
「なんならこの俺が、この城まるごとあんたにくれてやってもいいぜ。どうだあんた、俺の女になるってのは?」
背の高い魔法使いらしい男が言った。やっぱりあたしの感は当たっていた。相当な女たらしだね、絶対!。
「はん、おいしいところだけいただけりゃ、結構さ。それにあんた、あたしの好みじゃないよ。そっちの剣を持った男の方があたし好みだね。」
「ちぇっ」
舌づつみするとその魔法使いは戦士らしい男を睨んだ。
「ここを探索する気なんだろ?連れてっておくれよ。これだけの城ならもっと色んな仕掛けがあるはずさ。素人さんが下手に手を出すと、痛い目にあうよ。あたしのお目当ては、お宝だけなんだからね。そいつを、ちょいと多めにいただけりゃいいのさ。どうだい?それに紅一点てのは悪くないだろ?」
あたしは、その扉にもたれながら男たちにそう言った。
「確かに悪くはない。その形のいい唇から悪態が出なければな。どうする?」
「私はかまいませんがね。宝など私の興味の範囲ではありませんので。」
僧侶らしいじーさんが(と言っちゃ、かわいそうか?)表情も変えず答えた。
「当然あんたもかまわないだろ、色男?」
あたしは、戦士らしき男に言ったのに、奴さんは自分に言われたと気づかないのか、誰もいない後ろを振り向いている。
「あはは、どこ見てんだよ?あんたのことだよ。」
今一度あたしの方を見たその男は黙ったままでいる。反対する様子もないようだ。
「決まりだね。それじゃ、よろしく頼むよ。」
あたしはさっさと決めると、その男に手を差し出した。だけど、あたしの手を握ったのは、その戦士でなくさっきの魔法使いだった。
「よろしくな、ヒルダ。俺は、世界一の魔導士ランディってんだ。」
「それにしちゃー聞いたことないね、そんな名前。」
あたしはそいつの手を振りほどくと睨んでやった。
「折角の美人が台無しだぜ、ヒルダ。」
「フン!よけいなお世話だよ。世界一ってんならこんな扉、あんたの得意の魔法で吹き飛ばせばいいじゃないか?!」
「冗談はよしな。俺が本気を出したら、こんな城ひとたまりもないぜ。」
「はん、開けれないもんだから・・・いい加減なこと言うんじゃないよ。」
「俺の力を見くびんなよ!」
「まぁまぁ、お二人とも、初対面から喧嘩などせずとも。」
もう少しでそのランディとかいう魔導士と取っ組み合いの喧嘩になりかかったところに、中年の僧侶が止めに入った。
(余計な事しなくてもいいのに!)
「まして、ヒルダさんのようなレディがなさる事ではありません。」
(は?)
あたしは、歯が浮くような気がした。間違っても盗賊のあたしは、『レディ』などと呼ばれる柄じゃないのだ。まあ、美人の部類に入るってことは、認めるけどさ。ま、とにかくその口の旨い僧侶のおかげでランディも命拾いしたってもんさ。
「私の名はルオンと申します。旅の僧侶ですよ。よろしく、レディ・ヒルダ。」
「よ、よろしく。ヒルダでいいよ。」
ルオンは私の手を取るなり、その甲にキスをした。今までそんなレディ扱いをされた事のなかったあたしは、あせってしまった。
「と、とにかく、この扉は開かないよ。この先に進みたいなら、地下に行ってみることだね。昔から、『急がば回れ』って言うだろ?」
「それが、開かないんだよ。それらしき扉が向こうにあったけどな。」
ランディは、そんなあたしの態度が面白かったのか、笑いを堪えるようにしている。
「ふ、ふ〜ん・・・。」
「何かによって呪縛されているようなのですよ、レディ。」
「そのレディってのは、よしとくれ、ルオン。」
あたしはもうじんましんがでてきそうだった。
「森へ行ってみるか。」
戦士が一人呟くように言うと、城門に向かって歩き始める。
「そう言えば、ウーティスの親玉、『グリム』に城の封印を解いたら知らせるって約束だったな。」
その後を追うように歩きだしたランディが思い出したように言った。
「何?そのウーティスって?」
「う〜ん・・なんてんだか・・沼に住む半魚人みたいな奴だ。あいつも、どうもうさんくさいがな。」
「ふ〜ん。ところでさ、ここって本当にあの『ザムハン』なのかい?」
あたしは一緒に歩きながらランディにいろいろ聞いてみた。本当は戦士と話したかったんだけど、何を言っても黙ったままで、彼とは話にならなかった。歯の浮く様な事を言う僧侶とも話したくなかったんで、あまり気が進まなかったけど、結局、ランディとかいう魔導士からいろいろ話を聞いた。

戦士の名前は『アッシュ』。どうやら仲間殺しで有名なあの『アッシュ』本人らしい。今は平和になっちまって、戦はないが、数年前までは結構領土争いってのが盛んだったんだ。その時傭兵として活躍したんだが、今でもその名前は元傭兵の中じゃぁ有名だ。その腕の立つ事は勿論、どういうわけかアッシュが加勢した軍は必ず敗北するって事だった。そして、どんなに壮絶な戦でも、あいつだけは、生き残る。で、ついた呼び名が『アッシュ』、灰を撒く者って意味なんだそうだ。灰を撒いた土地は作物が育たない。不毛の土地となる。アッシュは仲間に死を与える戦士、死神を背負った戦士というわけさ。

「で、結局3人とも白い蝶に誘われるようにして、ここに来たってわけかい?」
「ああ、どうやら俺たち全員そうらしいな。どうもなんかあるような気がしてしょうがないぜ。」
ランディに言われるまでもなく、あたしもそう感じていた。町の長老達の態度にしてもまるで待っていたような感じだったし、霧のなかを白い蝶に誘われて来るなんて偶然が、そう幾つもあるもんじゃない。
「やっぱり、『禁断の地』だね、ここは。」
長老は言っていた、『城へしか行く道はない。』と。

「あっ、あの蝶だ!」
城を出て、森の中を歩くあたしたちの目の前に現れたその真っ白な蝶は、再び道案内をするかのように、横道に入った。
「どうやら感は当たってたようだな。この先のけもの道を進めば、ウーティスの住処の沼に出るんだ。気に入らねぇぜ。」
ランディが舌打ちした。
「何か他人に動かされてるようで気に入らないけど、仕方ないね。」
あたしは、ため息をつくとそのけもの道に踏み込んだ。




**続く**


Thank you for your reading!(^-^)

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