朱紅い雫・エピローグ


〜[エンディング後のアヴィンたち・オムニバス5話]〜


 #1・見晴らしの丘にて 

 

 世界崩壊の危機はなくなり、アヴィンたちは、賢者レミュラスとの思い出がいっぱい積もった見晴らし小屋で、静かに暮らし始めていた。
(冒険を共にしてきた仲間と賑やかに、そして、戦いや不安のない平穏な静かな暮らしを満喫していた。)

 「すばらしい眺めね、アヴィン。」
「そうだろ?ここからの眺めは、エル・フィルディン一の眺めなんだ。」
暖かい春の日、アヴィンとルティスは高台に来ていた。
土手に座る二人の目の前には、山々の狭間から遥か下の平地、そして、海と地平線が見えている。
二人は、そのすばらしい景色を見、ゆっくりと流れていくやさしい時を過ごしていた。暖かい気候、静かな時・・・まるで、時の女神に祝福されているような、女神に抱かれているような中で、二人は平和をかみしめていた。

「ねぇ、アヴィン・・」
ルティスがごろりと横になったアヴィンに話しかける。
「なんだい、ルティス?」
「・・・ううん・・なんでも・・・」
「・・・・」
優しい風が二人を包み込むように吹き抜ける。二人はしばらく何も話さず、目の前の景色から真っ青な空に目を移すと見上げていた。

「こうしてると、あの戦いの日々が嘘のようだな・・」
「・・そうね・・・こんなにゆったりと過ごせるなんて・・思いもしなかったわ。」
「俺も・・・。何かに追い立てられるように、いつも遥か先ばかり見て、必死で駆け続けてたから・・・ただ、がむしゃらに走ってた・・・」
「そうね・・・あたしも、本当の目的も分からず・・ただ、走ってた・・ただ、焦りばかりで、心のゆとりなんて全然なかったわ。」
「ゆっくり考える暇もなかったしな。」
「ええ、そう。」
「ねぇ、アヴィン?」
「ん?何?ルティス?」
アヴィンは、身体を起こし、座りなおすとルティスに顔を向けた。
二人の息がお互いにかかりそうな距離。ルティスは一瞬どきっとして、アヴィンから目を反らす。頬が少し赤く染まっていることをアヴィンは気づかない。
「う・・ううん・・何でも・・・」
「何だよぉ・・?」
「う・・うん・・あのね・・・」
何を言おうか、ルティスは考えていた。
「あ、あのね・・その・・そ、そう・・・神様ってなんなんだろうって思ったの。」
「神様かぁ・・・」
「そう・・・あたし達、神様をやっつけちゃったのよね?」
「ああ・・そうだな・・・」
「正確に言えば、アヴィンがってとこよね?・・とすると・・ひょっとしてアヴィンって・・・生き神様・・・?!」
「おいおい、よせよ・・・悪い冗談は!俺、そんな柄じゃないぜ。」
「そうね、そうよね!でも、その気になれば宗教法人作れちゃうわよ。」
ぶっ、あははははっ!
二人の明るい笑い声が山間をこだました。
「俺には、そんな頭はないさ。それに・・神様はいなくなったけど・・・」
「いなくなったけど?・・・」
「いなくなったけど、俺達人間の心の中にいるんじゃないのか?」
「そうね、そうよね、良き神も悪しき神も・・・それぞれの心の中に・・・」
「ああ、そうだ・・・正神殿もバルドゥスとオクトゥムと両方祭るって言うじゃないか・・それでいいんだよ。」
「そうよね・・・遥か昔、あたし達の世界を創造された神様がいた・・・それで、いいのよね?」
「いいのさ・・これから俺達人間は俺達の手で、この世界を守っていくんだ。」
「ようやく親離れしたってとこかしら?」
「そうだな・・・手のかかるどうしようもない子供だからな。」
「そうね。ビンタくらわせたいくらいの・・」
「で、あれがそのビンタってわけか?・・・おっそろしいビンタだなぁ?」
「そうね・・・そう、往復ビンタ!」
あははははっ!
「すると、どっちが父親でどっちが母親なんだ?」
「さあ?・・・でも、オクトゥムがバルドゥスに封じられたんだから・・」
「だから?」
「きっと、オクトゥムが父親で、バルドゥスが母親じゃない?」
「・・・かな?・・」
それからしばらく、二人は、黙って戦いの日々にその思いを飛ばせていた。
いろんな人との出会い・・苦しかった戦い・・・短い期間にありすぎたと言っていいほどの出来事・・・。

「アヴィン・・・?アヴィン・・・」
ルティスの横で、再び横になったアヴィンはいつしか穏やかな寝息を立てていた。
「アヴィン・・寝ちゃったの?・・・アヴィン・・?」
ルティスはぐっすりと寝入っているアヴィンの顔をしばらくじっと見つめていた。
「・・・アヴィン・・・」
ルティスは無意識にアヴィンの顔に、自分の顔を寄せていた。
(好きよ、・・アヴィン・・)
暖かいアヴィンの寝息がかかる・・ルティスはそっと目を閉じると、アヴィンの唇に自分のそれを近づけていった。
−−カサッ−−!
唇が重なり合う寸前、ルティスは後ろの物音にびくっとして屈めていた身体を起こした。
「だ、誰?」
その声で、アヴィンも目を覚まし、反射的にがばっと起き上がる。
「ど、どうも〜・・・・」
えへへへへ、とバツの悪そうな顔をして、草むらからラエルが顔を出す。
瞬時にして、これ以上赤くならないくらい真っ赤になったルティスは、顔を背ける。
「なんだ、ラエルか・・何か用か?」
寝てたアヴィンに、今何があったのか(起こりつつあったのか)知るよしもない。
振り返ったアヴィンはラエルに聞く。
「へへへ・・・お邪魔してしまって・・」
「何を言ってるんだ、ラエル?・・何かあったのか?」
「そ、そうなんすよ、あにき!」
さっきの出来事に気を取られ、用事を忘れていたラエルはその事を思い出した。
「バンドル先生の病院ができたって、ギアから手紙が来たんすよ!」
ラエルは持っていた元悪徳商人ガルシア氏からの手紙を渡した。
「バ、バンドル先生の病院が?」
そっぽを向いていたルティスも振り返って叫ぶ。幾分かその顔も赤みが消えているが、まだまだ赤みを帯びている。
「どうしたんだ、ルティス?顔が赤いぞ。熱でも・・・?」
アヴィンがすっとルティスの額に手を当てる。
「だ、大丈夫よ!なんでもないわよっ!」
ルティスは慌ててその手を払うとまた前を向き直した。
「いへへへへ・・・実はね・・あにき・・」
「ラエルっ!」
ラエルを振り向きざま、余計な事は言うな!とでも言うようにきっと睨むルティス。ラエルはその剣幕に押されて小さくなってしまった。
「実は・・・なんだ?」
「な、何でもないの・・・そ、それより・・・いつ開院なの?」
「え〜っと・・一週間後だってさ!」
「じゃ、十分間に合うわね!さっそくお祝いでも持って行きましょうよ!ね、みんなで!」
「そうだな・・行こう!早速支度だ!」
すっくと立ち上がるとアヴィンは小屋に向けて歩き始めた。
その後に続くルティスがラエルに小声で脅すように言った。
「いいわね、ラエル・・さっきの事アヴィンに・・ううん・・誰かに言うものなら・・・」
「わ、分かってますって・・・あねご・・」
真剣な顔でうなずくラエル・・・そして、にやっと笑いかけた。
(よりによって一番やっかいなラエルに見られてたなんて・・・これで当分・・・)
当分・・何事かある度にラエルのその笑みを見ることになるだろう・・と思うと頭が痛くなるルティスだった。
「大丈夫だって・・おいら、あねごの味方っすよ!」
にやにやしながら、ラエルはルティスに耳打ちした。



 #2・見晴らし小屋にて 

 

 「お兄ちゃん・・」
アヴィンが小屋の横で薪を割っていると、妹のアイメルが少し沈んだ顔で近寄って来た。
「どうしたんだ、アイメル?」
薪を割る手を休め、アイメルを見るアヴィン。
「う・・うん・・じ、実は・・・あの・・・」
「実は・・・?何だ・・・?」
そう言い掛けて、アヴィンはアイメルが何を言いたいのか悟った。
「もう・・・ないのか?」
「う、うん・・・一緒に冒険してくれた人、みんな来ちゃったでしょ?それに・・」
「それに?」
「ダグラスさんとコンロッドさんは2〜3人前食べるし・・・ラエルさんときたら、5人前は軽く食べちゃうんですもの・・・あっ・・ううん!決して文句を言ってるんじゃないの。だって、大切なお友達ですもの・・ラエルさんは一番の成長期なんだし・・でも、この間村の人から分けていただいたお米も、もうないし・・・肉やお魚やお野菜も・・ほとんど・・それから・・お酒も、もう・・・・」
アヴィンは頭をぼりぼり掻いた。
「一気に大所帯になってしまったからなぁ・・ごめんな、アイメル、苦労かけて。」
「ううん・・お兄ちゃん、あたしはいいの。でも、みなさんが・・」
「平和になって、魔獣退治なんかの仕事がなくなってしまったからなぁ・・盗賊団も完全に壊滅したみたいだし・・・せっかくみんなで楽しく暮らしてるんだ・・冒険に明け暮れてたみんなにとって、多分、今が一番憩いの時だと思うんだ・・だから・・・」
「・・どうしよう、お兄ちゃん・・あたし、みなさんの明るい顔を、こんな事で曇らせたくないの・・・」
「ああ、そうだな・・・だけど・・」
「そうだ、お兄ちゃん・・精獣さんたちにお願いして、サーカスみたいに興行するなんて事は・・・・」
アイメルはアヴィンの呆れた顔を見て、それ以上言うのを止めた。
「・・・駄目よね・・・やっぱり・・・」
「ふう・・・・」
アヴィンは薪の上に座り込んで考えていた。
「きこりの仕事じゃ、あまり金にならないしな・・・」

「ほーっほっほっほっ!その事なら心配いらなくてよ!」
突然、小屋の横から同じ冒険仲間のミューズが高らかに笑いながら現れた。冒険家、ミューズ。実は、この国の王女である。
「ほっほっほっ!そんな事もあろうかと、わたくしがお城から、調達してきてさしあげてよ!いくら蓄えがあるとは言え、一般民の蓄えなんて、たかがしれてるのですもの!その点わたくしなら大丈夫!」
「ミュ、ミューズ・・王様から?」
「おーっほっほっほっ!と〜んでもないっ!わたくしにも冒険者としてのプライドってものがありますわ!お父様にお願いなんてとんでもなくてよ!」
「じゃ、どうやって?」
「わたくしの部屋の調度品を売ってお金に変えてきたの。わたくしの物をどうしようとわたくしの勝手というものですから!」
「な、なーる・・・」
「ほっほっほっ、良いのですよ、アヴィン・・わたくしに遠慮なくお使いなさい!このくらいの事でみなが快く暮らせれば、わたくしも嬉しいというものです。」
ミューズは、ロゼ(金貨)で大きく膨らんだ巾着袋をアヴィンに渡した。相当入っている。
「じゃ、俺、食料を買いに行ってくるよ。」
「うん、お兄ちゃん、お願いね!」
「おーい、ラエル、買い出しに行くぞ!」
「ええーっ?せっかくエレノアさんと話してたのにぃ・・・」
少し不服そうな顔をして、ラエルは小屋の窓から顔を出した。
「ったく・・お前は美人のおねえさんと見ると、ほかっておけないんだからな!」
「へへへへへ・・・」
「いいよ、俺一人で行くよ。」
「へへ・・悪いな、あにき。次はつきあうから。」
ラエルが顔を引っ込めると、アヴィンはアイメルの方を向いた。
「じゃ、俺、行って来るよ。」
「行ってらっしゃい、お兄ちゃん。」
「落とさないように行くのよ、アヴィン!・・あっ、それと最高級のワインも忘れないように。どうも庶民のお酒はわたくしの口には合わなくていけないわ。それから、お肉もケチらないように。最高級のお肉をお願い致しますわね。頼みましたわよ。」
「・・・・・」
(誰が一番金喰いだか・・分かってんのか?)
アヴィンはため息をつくと、荷車を引き、ゆっくりと山道を下っていった。

 


 #3・ウルト村にて 


 ここは、ウルト村・・シャノンが川で一生懸命洗濯をしている。
「あんたが、シャノン?」
シャノンが後ろを振り向くと、そこには村の娘が3人、険しい顔をして立っていた。
「な、何か用ですか?」
「用ですか、じゃないでしょ?」
1人が怒るように言う。
「は?」
シャノンは洗濯の手を休め、娘たちを見る。
「あなたねえ・・ちょっとずうずうしくない?」
「そうよ、そうよ。何さ、押しかけ女房みたいに・・おじさんやおばさんが別にいいって言ってるのに、これみよがしに、家事なんかしちゃってさっ!」
別の1人も大声で怒る。
「マイル様のおとなしいところに付け込んで、いけしゃあしゃあと、ずうずうしいったら・・。」
きっとシャノンを睨みつけたその娘の目には憎悪以外の何物でもない。
「で・・でも、わたしはマイル様が・・・マイル様の為ならどんな事でも・・」
「あたしたちは、ウルト村・マイル様親衛隊の意地にかけて、あんたなんかをマイル様の傍に置くわけにはいかないのよっ!」
「マ、マイル様、親衛隊?」
「そうよっ!マイル様があんたに言えない事を、代わりに言ってるのよっ!」
「マイル様はやさしいから・・迷惑してても、あんたが傷つくと思って言わないのよ!いい?マイル様はあんたの事なんか、これっぽっちも思っていないんだからね!」
娘たちは代わる代わるシャノンにまくしたてた。
「でも・・でも、わたし・・わたしは、嘘はつけません・・マイル様を心の底から愛してるんです。・・マイル様のいない生活なんて、考えられません。例え、どんな事があっても、シャノンはマイル様のお傍を離れません。」
「よく言うじゃないの?・・・じゃ、あたしたちの気持ちはどうなるの?あんたなんか認めれないわよっ!」
「どうしたら、認めて下さるのですか?」
「だから・・・認めるも何も、マイル様はあんたの事なんか何とも・・・」
「そうかも知れません。でもわたしはじっとしてられないのです。片時もマイル様のお傍を離れたくないんです!」
真剣な表情は、シャノンだけでなかった。村娘とシャノンはしばらくじっと睨み合ったまま、動かなかった。
「とにかく、この村から出ていきなさいよ!」
リ−ダ−各の娘が沈黙を破った。
「・・・じゃ、この場でわたしを殺して下さい!マイル様のいないわたしは、死んだも同然なんですから!」
シャノンは、娘たちに背を向けると、その場に座り込んだ。
「ちょ、ちょっと・・あんた・・・」
シャノンの気迫に押され、娘たちは言う言葉が見つからなかった。
「・・・・・」

「勝手にすれば・・・」
しばらくして、娘の1人がため息をつきながら、呆れた顔つきで言った。
「あーあ・・・あたし・・アヴィンに変えようかなぁ・・・?」
「あっ、ずっるーい!」
「アヴィンかぁ・・・マイル様より粗雑だけど・・・あたしも変えようかしら?・・あっ、でも駄目!確かアヴィンには気の強そうな子がついてたじゃない?えーと・・ル・・なんとか、そう、ルティスとか言ってた子よ!黒魔法の使い手だったわ!」
「じゃ、アヴィンも駄目え〜?そんなあ・・・」
「でもさ、でもさ、アヴィンもマイル様もまだ決まったわけじゃないんだし・・」
「そ、そうよね!そうよ、そうよ!何もここで諦めなくっても!」
「そうよっ!諦める必要なんてないわっ!いい?シャノン!女同志の戦いよ!フェアでいきましょうね!」
「え・・ええ・・・。」
シャノンはどうしてこんな展開になったのだろう、と思いながらも、うなずいていた。

ここに、ウルト村の娘たちを挙げての、マイル、アヴィン争奪戦が開始される事となった。
おそらく、フィンディンの娘たちが加入(?)するのも時間の問題・・。

「シャノンはもう村の女の子たちとも仲良くなったのか・・・やるな。」
そんな話になっているとは知らないアヴィンは、川べりにいるシャノンたちを横目で見ながら通って行く。

「アヴィン!買い出しか?」
「やあ、マイル!そうだよ。フィンディンまで行かなくちゃいけないんだ。」
「村の店じゃいけないのか?」
「ああ、ミューズが上等の肉とワインだってさ!」
「ははっ!ミューズがか・・分かる分かる。じゃ、僕も一緒に行くよ。」
「いいのか?シャノンは?」
「ああ・・・シャノンね・・いいんだよ。」
「マイル・・実のところどうなんだい?」
少し意地悪そうな目をしてアヴィンは聞いた。
「じ、実のところって?」
「分かってるだろ?シャノンの事だよ。」
「あ・・う、うん・・・」
マイルは荷車を引くアヴィンの横について歩く。
「帰りは交代で引こうな。」
「話をそらすなよ、マイル。」
「う・・うん・・・・そりゃ、シャノンのお蔭でこの命を保つことができた事は確かだけど・・・でも、まだ、好きとか嫌いとか・・・」
「ふ〜ん・・意識してないって事か。やっぱりな。でもなぁ、あのシャノンの真剣さを見てるとさ・・・」
「それで、僕も、なかなか言えなくて・・・」
「いいかげんに、決めちゃったらどうだ?」
「おいおい、自分の事じゃないと思って・・それに、僕は・・どっちかというと・・シャノンよりアイメルちゃんの方が・・」
「ん?何?」
アヴィンの顔つきが少し変わったことに、マイルはまだ気づかず、独り言のように続けた。
「僕の好み・・・」
今まで、半分面白がっていたようなアヴィンの顔つきが完全に怒りのそれに変わる。
それに気づいたマイルはその気迫に戸惑う。
「い、いや・・だから・・・たとえば・・の話で・・・」
「いいか、マイル・・例え、親友のお前でも、アイメルはやらんぞ!まだ早すぎる!」
アヴィンは、マイルが手をかけていた荷車の把手をさっと横に逸らすと、さっさと一人で足早に去っていってしまった。
「おーい、アヴィーン!」
呼べども叫べども、アヴィンは振り向きもしない・・・・・。
(しまった!アヴィンがシスコンの事をすっかり忘れてた!)

 


 #4・フィンディンにて 

 

 フィンディンにやって来たアヴィンは、食料等を買う前に念のため斡旋所に来ていた。
「こんにちは。」
「こんにちは、アヴィンさん。」
斡旋所の係の女性は、にこやかにアヴィンを迎えた。
「何か仕事は入ってない?」
「え?ええ・・・今の所何も・・・」
そう言う係の手は、何か書類を隠したようだった。
「ちょっと、おねえさん、今の仕事の書類じゃないのか?」
「え・・ええ、まぁ・・い、いいえ・・違うの・・」
係は明らかに焦っている。
「どうしたってんだ?」
「駄目だったら・・・」
アヴィンは無理やりその書類らしいものを、机の下から引きずり出した。
「こ・・これは・・・?」
そこにあったのは、確かに仕事の依頼状の束・・しかし、どれもアヴィンには引き受けれないものばかりだった。
「他は・・ないんですか?」
「え、ええ・・・他は一件もないんです。」
「ふう・・・また、寄ります。」
「あっ、アヴィンさん・・」
帰ろうとしたアヴィンを係が引き止める。
「まっすぐここへ来たんですか?」
「ああ、そうだよ。」
「町外れの道を通って?」
「ああ。それが?」
「それで、ここまで無事に・・」
どういう意味か分からず、ぽかんとしていると、娘は宿の女将を呼びに行った。
「アヴィンさん、買い出しはあたしがしてあげるから、あんたは、2階の部屋で隠れといで。」
女将はアヴィンを見ると同時に言った。
「女将?」
「いいから、早くっ!」
女将はアヴィンの手を引っ張ると2階の部屋へ案内した。
「どういう事なんだ?」
女将が買い出しにでかけたあと、その小部屋で斡旋係と話す。
「さっき見たでしょ?あの依頼状?」
「あ、ああ・・・だけどそれが?」
「今頃、アヴィンさんが来たってことが、フィンディン中に知れ渡ってるわ。娘達が探しに来るに決まってるわ・・・ほら、階下がなにやら騒がしくなってきた。」
耳をすますと、階下で飛び交う黄色い声が聞こえた。半分叫んでいるようなその声は、口々にアヴィンの居所を聞いているらしかった。
「俺、無事に帰れるだろうか?」
アヴィンは一抹の不安を感じずにはいられなかった。

斡旋所にあった山のような依頼状・・それは、アヴィンが助けたコレット嬢の親をはじめとする、自分の(もしくは身内の)娘とアヴィンとの縁談をまとめる依頼だったのだ。

アヴィンがフィンディンを後にしたのは、その日の真夜中そっとということは、言うまでもない。
人目を避け、山のような荷物を乗せた荷車を引いて・・・それは、夜逃げスタイルの他のなにものでもなかった、と後に宿の女将は語った。

 


 #5・楽しき共同生活 

 

 「お帰り、あにき。」
買いだしから戻ったアヴィンをラエルが走り出て迎える。
「ああ・・ただいま。」
「なんか、えらく疲れてるみたいだね、あにき。」
「まあ・・な。」
「ねえねえ、聞いて、聞いて。」
「何をだよ?」
「あのね、エレノアさんったら、ボクのことかわいいって!」
ラエルはこれ以上ないといった上機嫌だ。
「ラエル、ホントにお前は、年上がいいんだな。それもだいたい10以上離れてるときてんだから・・・。」
「エレノアさんは8つ上だけだよ。」
「似たようなもんだろ?全く年上好みなんだからな!」
「えへへへ・・・だってさ・・なんて言ったらいいんだろ?とにかく、15、6のガキなんて色気もそっけもないから・・つまらないんだよな・・へへっ・・」
アヴィンは荷物を下ろしながらため息をついた。
(自分こそ、13のガキのくせに・・・!)

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ミューズ:「アヴィン、あたくし、考えてさしあげてよ。」
アヴィン:「何をですか?」
     (・・またどうせろくでもない事なんだろう・・・)
ミューズ:「こういうの・・・あなたも毎回あたくしから援助を受けたのでは、さぞ心苦
      しいかと思ったの。で、事業を始めたらどうかと思いついたわけですの。」
アヴィン:「事業?」
ミューズ:「ええ、そうよ。その名も『アヴィン・ツーリスト』。
      許可はあたくしがお父様からとってさしあげますから、心配はいらなくてよ。」
アヴィン:「いったい、それで何を?」
ミューズ:「あたくしたちにしかできないツアーを組んで、特色を出すんですの。」
アヴィン:「俺たちにしかできない?」
ミューズ:「そうよ『洞窟探検ツアー』『四精霊・霊窟めぐり』
     『転移の門でレッツゴー』・・どうかしら?」
アヴィン:「・・・」
     (いったい、どんな教育されてきたんだ、この姫さんは?)

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ミューズ:「アヴィン、お願いがあるの。このあたくしのお願いよ、喜んで聞きなさい。」
アヴィン:(また何かおかしなことを・・・やれやれ・・)
     「・・俺にできることなら・・」
ミューズ:「昨日、お城に戻ったら、お父様が、いい加減に遊びはやめて、求婚者である
      ミュレットと婚礼をあげろ、なんて言うのよ。」
アヴィン:「はあ・・・」
ミューズ:「あんななよなよしてる人、頼りにならないわ。そこで、お願いというのは、
      求婚者の一人としてお父様に会い、ミュレットを追い払う事なの。光栄に思
      うのね。一般民であるあなたが、世界を救ったという功績だけで、仮とはい
      え、王女であるあたくしの求婚者を名乗れるのですから。」
アヴィン:「・・・それなら、俺なんかより、ダグラスかコンロッドの方がいいんじゃな
      いか?」
ミューズ:「心配なくてよ。本当に結婚するわけではないのですもの。あたくしが、一般
      民であるあなたと結婚するわけありませんことよ。単に、ミュレットを追い
      払う口実なのですから。」
アヴィン:「だけどなあ・・・」
ミューズ:「それに、認められれば、お城の行けなかった宮廷区などへも行くことができ
      てよ。」
アヴィン:「・・よし!引き受けよう!」

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コンロッド:「アヴィン殿、旧友に会うため、久しぶりにバロアに行ったのですが、灯
       台の近くでよく日向ぼっこしていたおじいさんが、アヴィン殿の事を心
       配しておられましたよ。」
アヴィン :「へえ・・あのじいさんが?」
コンロッド:「はい。あの郵便屋さん(メイルマン)は、この頃少しも見かけないが身体
       でも壊したのかね?と。」
アヴィン :「郵便屋さん・・・ね。郵便配達の仕事、よく引き受けてたからな。そう
       思うかもな。」
コンロッド:「ですから、私はこう申しておきました。郵便屋ではなく、」
アヴィン :「郵便屋ではなく?」
コンロッド:「昨今では、『郵便配達人(メイルキャリア)』と言うのですよ、と。」
アヴィン :「・・そう言う問題じゃないだろ?」

       (・・・さぶ・・・・/^-^;)

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アイメル:「お、お兄ちゃん・・・」
アヴィン:「何だ?・・・ま、まさか、もう、ない(お金)ってんじゃないだろうな?」
アイメル:「ご、ごめんなさい・・だって、修道院の修復に・・ついつい、寄付しちゃっ
      たの・・・・」
アヴィン:「・・・・ア、アイメル・・お前・・・」
アイメル:「ごめんなさ〜い・・・」

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アヴィン:「あれ?みんなは?」
ルティス:「それぞれやりたい事してるわ。」
アヴィン:(なんだ、出てったわけじゃないんだ。
      ま、黙って行くはずないしな。)
ルティス:「ルキアスとダグラスは剣の手合わせ。
      アルチェムは、森の動物たちに会いに。
      ラエルは、エレノアに付き合って薬草探し。ミューズは村で庶民の生活の体
      験。」
アヴィン:「アイメルは?」
ルティス:「マイルに用があるとか行って出かけたわ。」
アヴィン:「な・・なんだとおっ?」
ルティス:「どこ行くの、アヴィン?」
アヴィン:「マイルん家だ!」
   アヴィンは振り返りもせず、駆けて行く。
ルティス:「・・せっかく、あれこれ上手く理由を作って、みんなを追っ払ったのに・・」

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ミューズ:「アヴィン、今度の事業の案はどうかしら?」
アヴィン:「どんな?」
ミューズ:「道場を開くの。」
アヴィン:「道場?」
ミューズ:「そう。これだけの使い手が揃ってるのよ。剣術と各種魔法の道場。ううん、
      あまり手はかからなくてよ。どうせ本式に身につけようなんて人は滅多にい
      ないんだから。遊び半分で十分!自然はいっぱいだし。いいと思わなくて?
      アヴィン?何もあたくしたちばかり苦労する事ないはずよ。他の人たちにも
      分担させなくては!」
アヴィン:(あたくし・・たちぃ?)
     「だけど、れっきとした魔法大学もあることだし・・」
ミューズ:「じゃ、こんなのはどうかしら?『アヴィン・カンパニー』、世界を救った勇
      者グッズを売るの。ブロマイドや文具、ゲームなんかも作ったりして・・そう
      そう、フィギュアなんかもよくてよ?さしずめ、あたくしのが一番人気でし
      ょうね?」
アヴィン:(エ、エル・フィルディンの将来は?)

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マイル :「ア、アヴィン・・かくまってくれ!シャノンと村の女の子たちが・・!」
アヴィン:「お前の居場所はないな。帰ってくれ。」
マイル :「何だよ?お前ってそんなに冷たい奴だったのか?」
アヴィン:「早くシャノンとくっついちまえばいいんだ。そうしたら、ここにいてもいい
      かな?」
マイル :「どういう意味だよ?」
アヴィン:「ふん!アイメルにちょっかい出されてたまるかってんだ!」
マイル :「・・・ダグラスやコンロッドはいいっていうのか?」
アヴィン:「あいつらは、大人だからな。アイメルのような子供に関心なんかないだろ?
      エレノアやルキアスの方がお似合いだしな。」
マイル :「わからんぞ。なんてってもアイメルちゃんは素直で可愛いからなあ・・・お
      前に似ないでさ。」
アヴィン:「・・・・・」
     二人が話している所に、アイメルがひょいと顔を出す。
アイメル:「お兄ちゃん、何ぼおっとしてるの?早く薪拾いしてきてちょうだいっ!お夕
      食の支度ができないでしょ?全くもおっ!今朝頼んだのに、まだやってない
      んだから!」
マイル :「・・・ア、アイメルちゃん・・・?」
アヴィン:「はははっ・・ルティスにすっかり感化されちまったみたいなんだ・・。」
マイル :「・・・・・」

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ルティス:「アヴィン、結婚式の招待状ですって!」
アヴィン:「誰から?」
ルティス:「え〜と・・・差出人は、っと・・ガ、ガウェイン様よっ!」
アヴィン:「何だって?!」
ルティス:「お相手は、どうやらガウェイン様の家の近くでいつも散歩してた、あのおば
      さんみたいよ。」
アヴィン:「老いらくの恋か・・・やるな、ガウェインも!」
ルティス:「あのおばさんもやるわね。あたしも見習わなくっちゃ!」
アヴィン:「シャノンみたいに過剰なのは、止めてくれよな。」
ルティス:「誰も相手がアヴィンだなんて言ってないでしょ?」
アヴィン:「だ、誰かいるのか?そんな奴?」
ルティス:にんまり♪(やったっ!)
アヴィン:(し、しまった!・・ついつられて・・)
 


♪Thank you for reading!(^-^)♪

【ブランディッシュ・ブランディッシュINDEX】