***チェイサー・ドーラの呟き***
        

●裏追跡簿[7] 囚われの身

 「ホントにいつまでかかってるのかしら?」
その日もドーラは城壁に繋がる急坂途中の絶壁の上で漁師町の方を見下ろしていた。
(振り出しに戻ったつもりでもう一度街の隅々まで探してはみたんだけど・・・。)
ないと思われた道を見つめるアレスの本能とも言うべき能力がドーラには羨ましく思えていた。
「きっとアレスなら城の内部への道を見つけるはずなのよ・・・あいつなら・・・。」
アレスにできて自分に出来ないことはない。ドーラはそう考え、必至になって今一度街の見取り図を頭に描いてチェックしていく。
各家は全部回ったし・・・・街の蔵だというカギのかかった倉庫も中身を見せて貰ったし。そう、ドーラの勢いにはやはり町長も負けざるを得なかったのである。そこに隠し通路らしきものはなかった。
残るは山賊のアジトがあるという西の森だけだったが、城とは反対方向と言うことと、町長の確信をもった否定から可能性はないと判断していた。

「おい、そこの女!」
不意に背後に男の声がし、振り返ったドーラの目に、数人の兵士が写った。
それは城壁周囲を巡回している兵士とは違っていた。そして、ドーラは知らないが、兵士達の中央には、アレスを捕まえたカールがいた。
「何か?」
周りの兵士はともかく、中央に立つカールはただ者ではないと判断し、ドーラは警戒して身構える。
「アレスをどこにやった?」
「え?」
「知らぬとは言わせぬぞ。お前が手を貸して脱出させたことは調査済みだ。」
「は、は〜〜ん・・・ひょっとしてあんたがアレスを捕まえたっていう傭兵参謀とかいう卑怯者ね?」
「卑怯者?」
予期しないそしられ方にカールは一瞬びくっとして聞き返す。
「だってそうでしょ?アレス一人捕まえるのに、百騎もの騎馬隊を引き連れての仰々しい大捕物。しかも相手は砂漠の熱さに半死半生の状態だったってのに。」
(う・・・・・・)
ドーラの鋭い指摘に、カールの自尊心はずきっと痛みを覚える。が、そんなことは表情には現さない。
「カールだかドールだか知らないけど、アレスはあんたなんかとは比べものにならないわよ!」
ぼん!とドーラの手に炎が踊り、それは瞬く間にドーラの身長を超す大きさとなる。
−ザザッ・・−
その炎に慌て、後ずさりしようとした兵たちを手で制しカールはあくまでドーラを見据える。
「なるほど、なかなかの炎だが、果たしてこの私に通用するかな?」
「え?」
普通ならその特大の炎に尻込みして当然だった。が、まるで相手にしてないと言うようなカールの態度にドーラは意外さを感じる。
「耳が悪いのかあるいは物覚えが悪いのかは知らないが、私はカール。この国の軍を統括者として国王に仕えている。」
「で、その軍のお偉いさんが、私になんの用なの?」
カールの鋭い視線にドーラもまた鋭く視線を返しつつ答える。
「やはり耳ではなく記憶力が悪いのか?」
「なんですって?」
ふっと笑って言ったカールの言葉にドーラはかっときて叫ぶ。
「お前が脱獄させたアレスの居場所を聞きにきたに決まっているだろう?」
それもそうだ、思い出したドーラは、意地悪そうな笑みを浮かべ答える。
「ふふっ・・・それだったらおあいにくさま。監獄島から脱出したのはいいけど、潮流が変わって忘れられた島に漂着してしまったのよ。」
「なに?」
一瞬、カールの表情に焦りが見えた。
「で、そうだとして、なぜお前はここにいる?そこで別れたとでもいうのか?そこまで一緒だったというのに?それを信じろと?」
が、すぐに落ち着きを取り戻したカールは静かに言葉を続けた。
「信じようと信じまいとあなたの勝手だけど?」
両腕を横にひろげ、ドーラはわざと大げさに笑う。
「島にアレスを置いて沖に出た私はクラーケンに襲われて・・・・ま、あれこれあったあと漁師町に流れ着いたんだけど。」
気絶したとは言いたくなかったドーラだった。
「アレスはあそこの地下洞窟からこの本島に繋がっているとかいう言い伝えの海底洞窟を渡って来ると思うわ。」
「は?」
てっきりアレスをかばいその居場所は絶対口にしないと思っていたカールは拍子抜けする。
「ふふっ・・・簡単にしゃべったんで呆気にとられた?」
あくまで涼しい顔をしていたカールのその表情に、ドーラは小馬鹿にしたような笑みを投げかける。
「アレスの味方じゃないのか?奴の女なのでは?」
その途端、ドーラの険しくなった顔がカールの目の前にドアップされた。
「誰がアレスの女なのよっ?!」
「そ、そうじゃないのか?」
その勢いに思わず引くカール。
「私はねー・・・あんなところに閉じこめられてたんじゃ師匠の仇を打てないから脱出させただけよ!」
「仇?」
「そうよ!」
ふんむ!とドーラは右手の拳に力を入れ断言する。
「誰にも渡しはしないわ!アレスの首は私がとるのよ。賞金と、それからあいつの首をお師匠様の墓前に供えるのよっ!」
迷いのないドーラの瞳にカールはその言葉を信じた。
「そうか。ま、それはそれとしてだな・・。」
パチン!と軽く指で合図すると、ばらばらと兵士たちがドーラを取り囲む。
「アレスは素直にお前の後をついていったと聞いた。お前達2人の間に何があったかは知らないが、一応はお前を信用しているとみた。」
「変な想像しないでよね?」
彼女を取り囲んだ兵士を警戒しつつも自分をぐっと睨むドーラに、カールは不思議な納得感を感じていた。アレスのその行動に。
「お前がどう思っているかはこの際問題じゃない。仇呼ばわりして追いかけるお前を殺さないというのはどういうことなのだ?疑問には思わないのか?」
ドーラの言葉はまるっきり無視して、自分の意見を口にする。
カールの言うことももっともだった。アレスは殺人などなんとも思わない極悪非道の賞金首。その疑問はドーラも感じていないわけではなかった。が、そこはドーラにも自尊心はある。
「そ、それは・・私の術を警戒してに決まってるわよ!」
「そうだろうか?」
カールの目配せを受け、周囲を取り囲んだ兵士達が1歩ドーラに近づく。
「なによ・・私を捕まえようっていうの?!」
−シュボボボボーーー−
勢い良く燃えさかる炎がドーラの右手から左手へと燃えさかり、輪となったそれは、攻防一体の武器として彼女の身を包む。
その炎に押され、数歩下がった兵士たちと異なり、カールはぐいっとドーラに近づく。
「己の命を脅かす危険人物だというのなら、何よりも真っ先に奴はその者の抹殺を計る。たとえ勝敗が分かっていようとも戦いを挑むはずだ。」
「つまり、それって私なんか・・私の術なんかまるっきり眼中にないってこと?」
もしかしたらそうなのかも、という思いもドーラの中にはあった。
「数年前、さる国の傭兵として奴とはしばらく一緒だった。気性はわかっているつもりだ。」
「アレスと?」
「そうだ。」
「じゃ、何?知り合いを捕まえたってこと?」
呆れたような顔のドーラにカールは平然と答える。
「傭兵とはそういうものだ。契約は履行されねばならない。それは己の評価にかかわってくる。それに・・・」
「それに?」
言葉を切ったカールにドーラは問う。
「特に親しい間柄でもなかった・・というか、どちらかというと気に入らない部類の男だった。」
「え?」
アレスの昔話(とまでいかないが)に耳を貸していて炎の勢いが少し落ちかかっていたそのとき、カールはずいっとドーラの傍により、炎が燃えさかっているのも構わず彼女の手をぐいっとつかんだ。
「小うるさい女も奴の好みじゃないはずだが。」
「は、離・・・・」
炎の耐性のもつ鎧でも着ていたのか、平然としているカールにドーラは驚き焦っていた。
そして、捕まれた手を自由にしようとも必至になって引くドーラの鳩尾に鈍い痛みが走る。
−ドスッ!−
「もう少しおとなしくしていた方が美人の格もあがるというものだ。」
気絶したドーラをすっと肩に担ぎあげると、カールは兵を引き連れそこを後にした。


「た、大変だよ!あの子が・・あのべっぴんな娘さんが連れて行かれちまったよ!」
無実の罪をきせられた恋人を待つ健気な娘を襲った悲劇。
その美人さゆえに、国王かさもなくば王に近い特権階級による横恋慕が原因なのだろう。その魔手から逃れ、恋人との再会を待っていた彼女に卑怯なその人物は兵を差し向け無理矢理連れていった。
その場面に偶然遭遇し、塀の影からみていた老婆のその言葉は街を駆けめぐった。
様々な尾ひれが付きリメイクされてというのは、言うまでもない。


悲劇の美人は、そして、その恋人は今頃どうしているのか?
話題の乏しい街で、ドーラとその恋人のことは、人々の記憶から、そして口から、そう簡単には消えそうもなかった。


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