***チェイサー・ドーラの呟き***
     

●裏追跡簿[3] アレスが危い?!

 つい今し方までいい天気だった。それが、島に近づくにつれ暗雲垂れ込み、どんよりとした空気と共に、海もまた少しずつ荒れてきていた。

「陰気くさいわね。」
全身で受けている潮風の中にも、すがすがしさは感じられなかった。
「海ってもっと気持ちの良い物だと思ってたけど・・・やっぱりこのお天気のせいなのかしら?」
その暗雲は、ちょうど監獄島の真上を中心として四方へ広がっているように見えた。


近づいて行くにつれ、上空には、鉛色の空が不気味な威圧感を持って覆っているのが分かった。陽の光でも射していれば、まだその雰囲気も変わるのだろうが、一筋の光も射していない。
そんな空の下、なんとか島の真下までついてドーラは、その絶壁を見上げていた。
自然の要塞に囲まれたのそこは、見張りが立っているわけでもなかった。
「ふん!私がこれくらい登れないと思ってるの?」
誰に言っているというのだろう?・・・ここまでの途中、散々アレスの悪態をついていたにもかかわらず、まだ怒りさめやらぬ様相で、ドーラはきつい口調で、誰にともなしに呟いた。

−ひゅん!−
ロープを張りだしている壁の一角にひっかけるとドーラは登りはじめた。、
「帰りは飛び込んだ方が早いわね。」
そう思いながら、一歩一歩登っていく。呪文の研究ばかりしている柔な魔法使いでも、かよわいだけの女でもなかったドーラは、そのくらい簡単なもの。
「やっと登れたわ。」
それでも上まで登るのは少し疲労を感じ、ほっと一息ついているドーラの目の前に、兵士が一人、目を大きく見開いていた。
「あら?いたの?」
「だ、誰だ?」
下っ端兵士らしいその男は、一応見張りだったようだ。当然下から登ってきたドーラに驚くと同時に何者か、と疑いの眼を向ける。
「ここにカール来てるでしょ?」
「は?・・・あ、あの・・・カール様の・・・?」
ドーラの山勘(第六感?)が発動していた。酒場で聞いただけの男の名前。忘れたくとも忘れられない男のその名前。ドーラが掴まえるべきアレスを掴まえたにっくき男。その名前を口にする。
「は、はい、カール様でしたら、司令官室の方に。」
ドーラのその毅然とした態度に兵士はすっかり彼女をカールの恋人か何かと思いこんでいた。
「司令官室ね・・・それで、最近運ばれてきたっていう罪人は?」
「は?」
「アレスっていう極悪人よ。カールが連れてきたでしょ?」
「ああ・・・5000Gの男か?」
「何よ、それ?」
アレスの賞金はそれっぽっちではないはずだと、首を傾げているドーラに、兵士はにへらにへらと笑いながら説明する。
「腕利きだと聞いたもんだから、牢獄の最下層へ入れたのさ。で、無事ここまで上がってきたら5000Gってわけだ。」
「賭けてるの?」
「そうでもしなきゃ退屈なんだ。カール様も黙認してくれてるさ。下の罪人共もここまで上がってこれば無罪になれるから結構その気になってる奴もいるらしい。・・・といっても、魔物がわんさかいるから、なかなかな。その腕利きだって言う男を最下層まで連れていくのも、大変だったんだぞ?腕のたつ兵士を選りすぐって下りていったんだ。」
「ふ〜〜ん・・・・・」
せめてここまで上がって来てくれれば、事は簡単に運ぶのに、とドーラは思っていた。
「それにしてもたったの5000Gなんて・・・・」
「なんか言ったか?」
「あ、ううん、別に。」
「で、さっきそのアレスが這い上がってきやがったんだ。」
「え?這い上がってきた?」
「そうさ。」
まだ若いその兵士はにやっと笑う。
「おかげで俺の懐は今最高にあったかいのさ。・・・といっても、獄長と折半だったから半分しかもらえなかったがな。」
「じゃー、無罪放免?」
せっかく苦労してここまで来たのに、とドーラは、上がってこればいい、と思った事も忘れて苦い顔をする。
「だけどな、その男は例外だそうだ。」
「え?」
「カール様のご命令で、化け物と試合させることになってるのさ。無罪にはしないらしい。」
「どうして?」
「さーてな・・それはあんたがカール様に聞けばいいだろ?とにかく、生きてここから出すな、と言われてる。ここまで這い上がってきた奴だ。かなりの腕なんだろうが、あの化け物には勝てないだろうよ。」
「そんな化け物なの?」
「なんでもラクサーシャとかいう名前だと思ったが、4本の腕を持った角の生えた怪物だ。剣を持たせてあるしな。」
「ラクサーシャ・・・確かバノウルドの地下迷宮の塔の最上階でいた奴がそんな名前だと・・・・・」
「なんだ?」
「あ、ううん・・・なんでも。」
あのラクサーシャならアレスが勝つだとうとドーラは思っていた。ただし、武器をもらえればの話でもあるが。
「で、その試合はいつ始まるの?どこで?」
「ああ、そうだな、もうじき始まるんじゃないかな?東の少し大きめの建物ん中さ。・・・オレもみたかったんだが、見張りに立つ時間なんだ・・・・ちぇっ・・つまんねー。見張りなんていてもいなくても一緒なんだがなー。」
「そうね、いてもいなくても、ね♪」
−ドゴッ!−
海へと視線を移し、こんな奴に魔法などもったいない、と思ったドーラは、自分の方に背中を向けた兵士の頭を、手近にあった石で思いっきり殴りつける。
「悪いわね、もうちょっと人を疑いなさい。」
そして、壁づたいに東へ続いている道へ視線を流す。
「あっちね!」


ドーラは走った。アレスを魔物なんかには殺させはしない!そうするのは私でなくてはならない!

「まったくアレスのおたんこなすっ!!!私にこんな手間かけさせるんじゃないわよっ!死んでたりしたら許さないからねっ!」

死んでいたらどう許さないというのだろう?
・・・ともかく、ドーラは心臓が止まるような思いを抱え、アレスがいると思われた東の建物へと一目散に疾走していた。


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