***チェイサー・ドーラの呟き***
    

●裏追跡簿[2] 沸き立つ怒り

 「ばっかなんだから・・・まったくっ!」
砂漠に囲まれた小国、ブンデビアに着いたドーラは怒っていた。
「・・・砂漠を十分な食料も水も持たずに・・・しかも帽子もかぶらず・・・歩いてなんて・・・本当にばっかじゃないの、アレスって?!」
ここへ到着する前に、国都で情報を仕入れてきたドーラは、心底怒っていた。
「カールだかとーるだか知らないけど・・・たった一人の男に百騎近くの騎馬兵を引き連れて行くなんて・・・そいつも情けないとは思わないのかしら?・・・男じゃないわよ、そんなの!しかもアレスが連行されていったのが絶海の孤島、脱出不可能な監獄島・・・・。」
でも、おかしい・・・とドーラはふと思う。世界的なお尋ね者のアレスを単に投獄するだけにしておくとは、何か他に理由があるのか。個人ならいざ知らず、国家となると賞金などはどうでもいいのか?・・・いや、違う何か他に理由があるのでは?とドーラは考えていた。そして・・・
「そうよ!アレスが持っていたプラネットバスターはどうなったのよ?・・・ひょっとしてあれが目当て?・・・確か全てを制御する力の源だとか誰かが言ってような・・・。」
こういったドーラの感は良く当たった。そこに何の根拠も理由らしき事柄も自分では認識してなくても、彼女の第六感は確実にその確信をついていることがよくあった。が、なぜか、落とし穴に関してだけはそれが発動されない。・・・ひょっとして落とし穴は相性が良すぎて感知しないのかもしれない。

そして、いろいろ情報を集めていて、やはりそうだったのだ、とドーラは確信することとなった。
国王があの剣目当てに、腕の立つカールとかいう傭兵に参謀の地位を与えて捕まえさせたらしいとドーラは耳にした。あの剣は何やら恐ろしいほどの力を持っているらしい。

「・・・ともかく、アレスに会わなくっちゃ。全てはそれからよ!」
賞金を請求するつもりはなさそうだ。ということは、アレスを掴まえれば自分が手に入れられる。それに、何よりも師匠バルカンの仇は自分の手でとりたかった。

「こうなったら気は進まないけど・・・脱獄させるしかないわね?」
ともかくドーラは船を探すべく、監獄島に一番近い(といっても泳いで行ける距離では決してない)、小さな漁師村へとやってきた。


お絵描き掲示板で描きました。


しか〜し・・・・

「何よ?舟が出せないってどういうことよ?」
桟橋で掴まえた一人の漁師にドーラは怒鳴っていた。
「そう怒鳴られたって困るんだよ、ねーちゃん。」
その漁師は悲しげな表情でドーラを見つめた。
「半月程前からどでかい海坊主が出るようになっちまったんだ。」
「海坊主?」
「そうだ。どでけえタコなんだぞ?・・・あんなのに出くわしたら生きて帰れやしねーよ。
まー、諦めるんだな。」
「そこをなんとかできないの?」
「・・・なんとかって・・・・あんた何しに海へ出るんだ?」
定期船が出ているわけでもなかった。その村の小さな漁港からは、村の漁師が漁に出る舟のみ。あとは、そんな物好きもいないが、ずっと沖にある監獄島へ行くこと。
「な、何しにって・・・・」
「は、は〜〜ん・・・・」
答えに詰まったドーラに漁師はにやっとする。
「これかい?」
そして親指をたてる。
「そ、そんなんじゃないわよっ!」
目的の人物は憎い仇であって、間違っても恋人などではない!と叫びたかったが、脱獄させようとしていることもあり、そこはぐっと飲み込む。
「照れなくてもいいって、ねーちゃん。ねーちゃんほどの美人なら恋人がいるのが当たり前だ。」
「え?そ、そう?・・・分かってるじゃない?・・って、違うわよっ!恋人じゃないわよっ!」
叫んだドーラの言葉など聞いていなかったらしく、漁師はため息をつきながら空を見上げる。
「王さんも酷いことするからなー・・・。」
「え?」
「少しでも意見があわないとすぐ投獄だ・・・罪があってもなくてもな。ろくすっぽ審議もしやしないって聞いてるぜ。しかも監獄島へときちゃ、もう一生出られやしない。」
「二度と出られない監獄島って聞いたけど、本当にそうなの?」
「ああ。あそこはな・・・周りを荒れ狂った海峡で囲まれてることもあるんだが・・それにくわえて自然に出来た地下に牢獄を作ったとかで、モンスターがわんさかいるんだと。で、投獄した罪人が地下から這い上がってくるかどうか賭をして遊んでるそうなんだ。・・・まったく国の秩序を守る兵士が・・まるでならず者みたいなんだよ。・・・ああーー・・・どうなっちまうのかなー?そんなヒマがあるんだったら海坊主を退治してくれりゃいいのに・・・。」
「モンスター・・・」
ドーラは心配になっていた。アレスの強さは知っている。だが、仮にも投獄されたのだ。バノウルドの時のように地底へ落ちたわけではない。武器は全て取り上げられているとみてまず間違いない。
「アレス・・・・」
「ん?なんだ、ねーちゃん、やっぱりコレに会いにいくんじゃねーか?」
小声で呟いたドーラに、漁師はにやっとする。
「そうじゃないって言ったでしょ?」
「まーまー、そう恥ずかしがらんでも。あれだろ?・・・ねーちゃんほどの器量だ・・・おそらく恋路の邪魔になったってんで、ねーちゃんに横恋慕する貴族かなんかが権力に傘を着せて、恋人だった男を罪人に仕立て上げたってとこなんだろ?」
「だから・・・・」
そうじゃないと言おうとして、ドーラはあることに気付く。
漁師は明らかに同情の目を彼女に向けていた。それを利用すれば、上手く運ぶかもしれない。
気は進まなかった・・・本当に進まなかったが、ドーラは漁師に実はそうだというように、力無く頷いた。
「き、気の毒にのー・・・・きっと恋人も今頃ねーちゃんに会いたいだろうに・・・ねーちゃんのことが気がかりだろうに・・・・といっても、生きておればなんだけどな。」
は〜っとため息をついて漁師は海を眺める。
「なんとかならないかしら・・・私・・どうあっても彼に会いたいのよ。島へ行って彼が無実だって証明したいのよ。」
「ね、ねーちゃん・・・・・」
すっと横を向いて涙を堪える振りをしたドーラに、漁師は思わずもらい泣きする。
「あ、あんな誰も近寄らねーようなところに・・あんたのようなかよわい女が行こうとしてるなんて・・・・よ、よし!おらも男だ!一肌脱ごうじゃないか!」
「ホント?」
目を輝かせて喜んだドーラの耳に、漁師の声が冷たく響いた。
「一緒に行ってはやれねーが、舟は貸してやる。」
「ち、ちょっと、待ってよ。」
「なんだ?」
「一肌ぬぐって言ったじゃない?」
「ああ、だけどだな、命があっての物種なんだ。おらにはガキもおっかーもいるんだぞ。あいつらの為にも死ぬわけにはいかねーんだ。・・・舟は今使い物にならねーから・・・貸すくらいなら。」
と手をだす。
「何よ、これ?」
「何って、ただで貸してもらおうなんて虫のいい話はあるわけねーだろ?おらだって暮らして行くためにゃ、お金が必要なんだ。」
「・・・・・私のために一肌脱ぐというより自分の為じゃない?」
ちろっと軽く睨んだドーラに漁師は負けじとせせら笑う。
「なんだよ、せっかくの親切を?舟を貸すって言ってんだぞ?舟はいわば漁師の命だ。それをだな・・・」
「わ、わかったわ・・・わかったわよ。」
普通ならそのくらいの啖呵をきられようが、ガンを飛ばされようが、ドーラならなんとも感じない。だが、今回は、舟が手に入らないことにはどうしようもない。ドーラは仕方なく向こうを向いて怒ってしまった漁師に謝る。
「ごめんなさい。お願い、ね、おじさん、舟を貸してちょうだい。」
が、漁師は素知らぬ顔をしている。
「ね〜・・・お・じ・さ・ん♪・・・お願い!おじさんだけが頼りなのよ♪ね?」
顔の前で両手を合わせ、ドーラは懇願する。
「お・ね・が・い♪」
「ま、まー・・・・ねーちゃんにそこまで頼まれちゃ・・・・」
にへへと笑ってどうやら漁師は機嫌をなおす。美人は徳だ。

「アレス・・・・このお返しは十倍にして払ってもらうからねっ!覚悟しなさいっ!」
頭を下げるのは大嫌いのドーラ。その彼女が、我慢の上に我慢を重ねて、しかもアレスのために下げなくてもいい男に頭をさげて、ようやく舟を借りることができた。
が、素人だから壊されるっていうこともあるからな、と法外な借り賃を支払ったその舟は・・・人がなんとか2人乗れるくらいの小さなもの。
「こんなのそこらのボートじゃない?!」

それでもないよりはまし。ドーラは監獄島の方角をきっと見つめ、空の上に浮かんで見えるアレスの姿を睨みつつ、櫓を漕いでいた。

「覚えてなさい、アレス!私にこんなことをさせて!会ったらただじゃおかないからねっ!」
怒りが収まらず、同じ様な啖呵を切るドーラ。その怒りはアレスに浴びせなければどうにも収まりそうもなかった。その手で掴まえてぎちょんぎちょんのぐちゃんぐちゃん(謎)にしてやらなければ!

・・・だが、その前に無事島まで着くのだろうか・・・・・。
そんなことはドーラの頭には・・・これっぽっちもない。

「アレスのバカ、どじ、まぬけっ、すっとこどっこい!!どうせ掴まるなら私にするべきでしょっ!?なんでこんなところで掴まってんのよ〜っ!?」

その日、ドーラの怒りに恐れをなしてか、いつもなら荒れ狂うはずの海峡も、信じられないくらい穏やかだった。その海峡を越せば・・・監獄島も見えてくる・・はず。

怒り狂う波風の音の代わりに、ドーラの罵声が海原に響いていた。



One Point DelaBackNext