暁の巫女・宵の巫女
〜[サフィーユとクレール] Brandish4サイドストーリー〜

 「クレールぅーーーーーーー!」

クレールが真の暁の巫女となるための神の塔での百日間修行への随行・・・結果としてそれは、サフィーユにとっても非常につらい精神修行となった。

 「クレール・・お願い、開けてちょうだい・・・私の声が届かないの?・・・お願い・・・聞いて・・・・」
吹き叫ぶ砂嵐の中、エルフの少女が一人、神の塔と呼ばれる塔の大門の前で倒れていた。
名前はサフィーユ。紫銀の髪と瞳のトゥルカイア小国の巫女見習いである。
清楚にまとめられた髪と法衣は、そこへたどり着くまでの砂嵐と雷雨によってぼろぼろになっていた。

 「クレール・・・・わたしたち・・もう元に戻れないの?・・・・」

「仲の良かったあの頃に・・・・」

徐々にか細くなっていく声、とぎれとぎれになっていく息・・・
もはや指を動かすこともできなくなっていた。伸ばした手のすぐ先に、大門があるというのに。
ようやく嵐の中をここまで塔に近づいて来たというのに。

塔は・・何事もないかのように、静かにそして冷たく彼女の目の前にそびえ立つ。
全てを拒絶して・・・・・。


 「・・・・クレール・・・・・・・・・わたし・・・・・」
死んでも死にきれない。クレールに会わずには。
その想いだけがサフィーユの中を駆けめぐっていた。
全身が、心が、鉛のように重かった。
「・・・わたし・・もう・・・・」
暗闇の中、サフィーユはありったけの力を込めて叫んだ。
「クレーーーールーーーーーーーっ!!」
が、その声は彼女の肉体の外へは出ない声。悲痛なまでの心の叫び。
大門の前にあるのは、悲しみと絶望に包まれて動かなくなったサフィーユ身体。



 「サフィーユ?珍しいわね、私よりお寝坊さんなんて?」
え?!と思い、頭を上げるサフィーユ。
「え?ここって・・・えっ?」
そこは、修道院の宿舎の一室。サフィーユとクレールの部屋。
「どうしたの、サフィーユ?きょろきょろしちゃって?夢でも見てたの?」
そっと肩に手をかけてにっこりと微笑んだのは、間違いなくクレールだった。
緑の髪と少し控えめがちな視線を放つ緑の瞳。
「クレール!」
咄嗟にサフィーユは彼女の手を取る。
そして、ぎゅうっと握りしめた。
「どうしたの、サフィーユ?何か悪い夢でも見たの?」
そんなサフィーユにクレールは驚きながらもその手を握り返す。
「夢・・・夢なの?」
夢にしてはあまりにもはっきりとしている。自分の死ぬところまで。
それにあの想いは・・・夢とは割り切れない。
「そうよ。悪い夢でも見たのよ。」
「クレール・・・」
「サフィーユ、私が時々悪い夢を見てうなされてるとき、言ってくれてるじゃない?気にしないでって・・・お祈りして悪い夢を持っていってもらいましょって。」
「え、ええ・・・・」
それでも今の現実が、クレールとこうしていることが信じられず、サフィーユは、手を握りしめたまま、じっとクレールを見つめていた。
「サフィーユ・・こうして手を握りしめていてもまだ夢の中なの?わたしが不安な時、あなたが、何があってもずっと私のそばについていてくれるって言ってくれたでしょ?だから、わたしもサフィーユのそばにいるわ。ずっと。」
「・・・クレール・・・・」
「さー、早く着替えて礼拝堂へ行きましょう。今日はいつもと反対。サフィーユのお寝坊さんで遅刻ね。」
ぺろっと舌を出して笑っているのは、確かにクレール。
サフィーユは、ようやくいつもの自分自身を取り戻しつつあった。
「そう・・そうよね。夢だったのよね。」
そして、今一度クレールの手を握りしめる。その温もりを確かめるために。
「温かいんだもの・・・クレールの手。」
−ぶぶっ!−
そう言ったとたん、クレールは笑いを吹き出した。
「ホントに今日のサフィーユってへんよ。死人じゃないんだし。」
「わ、わたしはどう?温かい?」
『死人』という言葉にはっとして、思わずサフィーユは聞く。
「え?ええ・・温かいわよ。」
「そ、そう・・・」
幽霊でもなさそうだ、とサフィーユはほっとする。
「どうしたの、サフィーユ?そんなに悪い夢だったの?」
「え?・・そ、そんなこと、ないわ。」
「そう?ならいいんだけど。」
心配げなクレールにサフィーユは、自分を奮い立たせて笑顔を作る。
「大丈夫!夢は夢でしかないんだから!」
「うん。そうね!」
「今日の夜、暁の巫女の後継者発表の式典のために、聖者の森の泉へ清水を汲みにいかなくちゃいけなかったんでしょ?早くしないと。」
「え?き、今日・・の・・夜?」
ベッドから立ち上がりながら驚くサフィーユ。
「そうよ。今日の夜よ。どうしたの、ホントにサフィーユったら?!」
くすくすと笑うクレール。
サフィーユは、狐につままれてるような感じを受けながら、着替えを始めた。



 「わーーー、いいお天気ねー。」
部屋から出、歩いているうちに、あれは夢であり、今が現実なのだと確信を持てたサフィーユは、徐々に落ち着き、いつもの優等生に戻っていた。
ただ、意識下では、それが予知夢でないことを願っていた。
正夢か逆夢か・・・無意識にその心配は、心の奥底へ追いやられていた。
「ホントにそうね。」
彼女の傍らには、確かにクレールがいた。
自分を信頼し、頼ってくれているクレールが。


聖なる泉に着くまでに、サフィーユは、しっかりしなくてはいけない!というお告げなのだという結論を出していた。

そして、その夜・・・

 「クレール、汝を巫女として我が跡継ぎと定める。」
大聖堂に暁の巫女の言葉が響き渡る。
それは、クレールだけでなく、誰もが疑問に感じた。
誰しも優等生のサフィーユが後継者に選ばれるだろうと思っていた。
巫女として敬虔であり、人にも頼られ、その人となりも申し分ない。
万が一、サフィーユでないにしても、いつもおどおどしている落ちこぼれ巫女のクレールが指名されるとは、一体誰が予想しただろう。
巫女というよりも、お情けで修道院においてやっているという感じさえする。
が、満場一致でクレールには不可能と判断されても、暁の巫女の言葉は絶対である。
誰しも不安を感じたが、異議を唱えるものがいるはずはない。
暁の巫女が間違うわけはない。しかも自分自身の後継者なのだから。
国を民を全てを担う後継者なのだから。
そして、その中でももっとも驚いたのは、指名されたクレール本人と・・・・
現実そのもののような夢を見たサフィーユだった。


 「ま・・まさか・・・予知夢だなんてこと・・・?」
だとしたら・・・・・あの先は・・・?
不安に駆られ、同じように不安さを告げているクレールのそばにかけより、暁の巫女を見つめる。
「サフィーユ・・汝は、クレールの百日修行に伴って神の塔に行くがよい。」
「で、でも・・・・・」
恐怖に染まった瞳で哀願するようにじっと見つめるサフィーユに、暁の巫女は、そのしわがれた顔に笑みをみせる。
「己の心をしっかりと持つがよい。全ては暁の巫女に繋がる。」



『心をしっかりと持つ。』
それ以上暁の巫女と話すことはできなかった。
そして、今、サフィーユはクレールと共に神の塔大門の内部に着いていた。
「サフィーユ・・・」
自分を頼りきったクレールの緑色の瞳が、心細げに揺れる。
「本当にわたしにできるのかしら?」
できればサフィーユに代わってもらいたい。誰もがそう思ってるのだし。
クレールはその言葉を続けることができなかった。
「大丈夫!暁の巫女様が無理なことおっしゃるわけないもの。ここで修行すればクレールなら立派な巫女になれるっていうことなのよ。」
(私じゃだめでも・・・)
ふと口に出そうになったその言葉に、サフィーユは、はっとする。
『己の心をしっかりと持つがよい。』
暁の巫女の言葉がサフィーユの頭に響く。
(そう、そうなのよ・・これは、わたしの修行でもあるのよ。夢のようにならない為に!)
「え?何か言った?」
「あ・・ううん。何でも。じゃー、私地下の神殿で待って・・ううん・・街の教会で待ってるから。」
「え・・ええ・・・」
「いい?何があってもわたしを信じるのよ、クレール!」
「ええ・・わたしサフィーユのことなら信じてるわよ。」
「今じゃないのよ。これからも、よ!いいわね!?」
「勿論よ、サフィーユ。」
不安の中でもにっこりと笑うクレールに、サフィーユは・・このクレールがどう変わって、いや、自分がこの先どう変わってしまうのか・・・来てはいけなかったのかもしれない。たとえ誰に何を言われようと、と思った。
と同時に、その思いと暁の巫女の言葉が、頭の中で駆け回っていた。
「しっかりしなくちゃ!自分を見失わないように!」
サフィーユもまた不安を感じながら、不安で一杯のクレールと別れた。
「ザノンの思い通りになんかならないわ!絶対!・・ううん・・自分自身に勝つわ!」



 そして・・・・・





 「クレールーーーーーーーーーー!!」
吹き叫ぶ嵐に囲まれ、誰にも開かれない大門の前でサフィーユは叫んでいた。



「開けてちょうだい、クレール!」



−ギギギギギ・・・・・−
大門がゆっくりと開く。


「クレール!」
「久しぶりねー、元気だった?村のみんなはどう?」
塔の住人たちによって丁重に庭園にある東屋に案内されたサフィーユは、クレールの姿を認めると駆け寄った。
クレールもまた同じように駆け寄る。
「しばらく滞在できるんでしょ?食事の支度が整ったところなの。」
「ええ、クレール、今回は少しゆっくりできそうよ。塔の中あちこち案内してくれる?」
「いいわよ。」



 自然の防壁に守られた神の塔。
人はおろか、蟻1匹近寄ることは不可能だった。
まして、中に入ることなど、決してありえない。

ただ一人の例外を除いては。
それは、トゥルカイアの暁の巫女、サフィーユ。
ザノンに操られた振りをして、見事自分自身を成長させた2人。
塔の住人(魔物がほとんど)に頼まれ、そこに残ったクレールの代わりに、サフィーユが暁の巫女となっていた。
そして、クレールは、宵の巫女として、塔の住人の心のよりどころとなっていた。
といっても何もするわけではない。塔の主としてそこにいればいいだけ。
クレールにとっては、誰に気兼ねすることもない天国。


「ここは、ゆっくり時が流れてるのね?ううん・・もしかして止まってる?」
庭園の見事に咲く花を見回しながら、サフィーユが聞く。
「止まってはいないけど・・・・」
「暁の巫女でなくこっちの方がよかったかもね?」
「今更だめよ!たとえサフィーユでもこれだけは譲れないわ。」
少し意地悪そうな視線のサフィーユに、クレールは慌てて手を振る。
「はいはい。クレールの人見知りだけは、修行で克服できなかったものね。」
「だって・・・・」
「でも、先代の暁の巫女はこうなることを予想してたみたいね。」
「え?そうなの?」
「そう。本来、月の儀式は『宵の巫女』の為の、そして、日の儀式が『暁の巫女』のものなんですって。村へ帰った時、そう話してくださったの。」
「でも、そんなこと聞かなかったし、聞いたことなかったわ。」
「代々暁の巫女のみ知ってたらしいわ。白と黒。聖と邪、この世には正反対のものの存在が必要ということらしいわ。」
「ふ〜ん・・で、今までの宵の巫女は?」
「クレールがよく行ってたっていう森に住む妖精の女王が担ってたらしいわ。でも、空気がだんだん汚れてきて妖精界に帰ることになったんですって。」
「そうなの。それで、わたしに?」
「そう!先代もやってくれるわよね?」
2には同時に苦笑いする。
「でも、いいじゃない。わたしは、ここでこそ平安が得られたんだから。」
「わたしも時々ゆっくりできるし。」
「そうよね?」
「そうそう!」



暁の巫女と宵の巫女・・・その魔力は、計り知れない。
が、2人とも欲はない。平穏に時が過ぎればそれが一番。
サフィーユは、村人の心の拠り所として忙しく充実した日々を過ごし、
クレールは、ゆっくりと流れる時の中にその身と心をゆだねていた。


その魔力がどのくらいか・・・
それは・・・

ともすれば大規模な戦争に発展しそうに小競り合いの多かったギデア皇国とスーラン帝国。そして、それぞれの息がかかったヌビアール教とギデア聖教。
サフィーユが暁の巫女に(非公式だが、クレールが同時に宵の巫女に)正式に就任したと同時に一切起きなくなったからである。
ちょっとした喧嘩は別として。

暁の巫女に逆らうこと、それは、国の滅亡を意味する。
しかも、対抗手段のない天災によって・・・・

もちろん、サフィーユもクレールもそんなことを望むわけはない。
戦争を煽る者をほんのちょっと脅すだけ。
砂漠のど真ん中に飛ばして・・・。

ほんの数時間・・いえ、数十分・・・・。



神の塔は、今日も雷光のベールをかぶり、熱風が吹き荒れる砂嵐の衣をまとい、悠然とそびえ立っている。
そして、そのローブは広大なカルア砂漠。

近づく者は・・だれもいない。

絶対なる聖地・・・

クレールのスイートホーム。
サフィーユの疲れを癒すところ。



*** Home Sweet Home (Fin♪)***


♪Thank you for reading!(^-^)♪

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