◆回復の泉◆
  

 (ここは・・・・・?)
魔物との激しく、そして絶え間ない戦闘。
さすがのアレスも満身創痍、疲れきった身体を引きずるようにして歩いていた細道。その道が開けたそこにそれはあった。

(滝・・・・)
勢いよく流れ落ちているにもかかわらず、周囲に水音はない。
いや、確かに音はしているのだが、不思議とそれはせせらぎのような静かな音。
(そういえば・・・咽も・・カラカラだ・・)
誘われるようにアレスは泉に近づいて手ののばす。
冷たく透き通ったその水をごくりと咽に流す。
「ふ〜〜・・・・」
周囲はあくまで静かである。魔物もこの滝の荘厳さに遠慮して近づいてこないのか。まるでその場所のみ時が止まっているかのように静寂さに包まれている。
静かに流れる水・・・そして、その水を受け、つややかに淡い光を放つ光苔。
(ん?)
そんな周囲を見渡していたアレスはふと気付く。全身に負った傷の痛みも、そしてこれ以上1歩たりとも動けない程の疲労感もなくなっていることに。
(これは・・・この・・・水は・・・?)
回復の水なのか?とアレスはふと思う。地底深く広がっているその迷宮内。魔物が犇めくそこの一角に隠れるようにあった道具屋の老婆の言葉を思い出していた。
「その回復の泉があるから、十分な食料がなくとも、あたしらはこうして生きていられるのさ。魔物にとって食われないかぎりね。」
(なるほど・・・・回復の水・・か・・・・)
流れ落ちてくる滝の上を見上げながら、アレスは考えていた。
(ということは・・・・何も金をだして回復ポーションを買わなくとも、この水を汲んでおけばいいわけだ。)
手頃な岩に腰を下ろし、ごそごそと腰袋に手を入れる。そこから少し前まで続いていた戦闘で空にしてしまった回復ポーションの空き瓶を取り出す。

(5つか・・・・これでどのくらいもつか・・・・そうだな・・・・)
コポコポコポとビンの中に水を入れながら、アレスは考えていた。
どこまで続いているのか分からないこの地底迷宮。進めば進むほど敵の強さは増してきていた。この先ますます激しくなるであろうこれからの戦闘の為に、出来ることは全てしておかなければならなかった。


−く〜〜・・・・−
身体のあちこちで悲鳴をあげていた傷の痛みも消え失せ、そして、空になっていたビン5つをその回復の水で満たしたアレスは気が抜けたのか、その場に転がってしまっていた。

−ガスッ!−
「ぐっ・・・!」
腹部に鈍い痛みを覚え、アレスは飛び起きた。
(スライムだ!)
咄嗟に飛び起き、剣を抜いて攻撃態勢を取ったアレスの視野に、青色のゼリーのようなものが入った。
−ポヨーン!−
半透明なそのゼリー状の身体を硬直させ、体当たりで相手を攻撃してくるスライム。アレスは勢いよく飛びかかってきたスライムの攻撃を避け、すれ違いざま、一太刀入れる。
−ザシュッ!−

(やはり魔の迷宮内であることに変わりはないか・・・安全地帯というわけでもないんだな。)
数回繰り返し、そのスライムを倒したあと、つい油断して寝入ってしまったことを反省しながら、アレスはその場を後にした。
もちろん、滝の水を飲み、完全回復状態にしてからというのは言うまでもない。


(滝は・・・いや、泉でもいい・・この先もあるのだろうか?)
できればもっとたくさん持っていきたかったが、瓶がない。それにあったとしても持てる数は限られている。

(そういえば・・・あのドーラとか言った小うるさい女も一緒に落ちたはずだ・・・・あいつは・・・・・無事なんだろうか?最下層のここでは、回復の滝はここ一カ所だと聞いたが・・・・)
ふと後ろを振り返り、無意識に女の姿を探していたアレスは、我に返ってそんな自分を笑う。
(なんだ?オレとしたことが・・・なぜ他人など気にかける?しかも仇呼ばわりした女など。)
ふっと今一度軽く自嘲し、アレスはそこを後にした。

地上までの長い長い道程をアレスは行く。無事出られるのか出られないのか、出口に向かい、ひたすら前進あるのみ。
そこは魔の迷宮。呪われた狂王の牢獄。
  


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