◆第二十七話・噂のカップル◆
  

 「人間の客なんて珍しいわね。よく、ここがわかったじゃない。気に入った物があったら遠慮なく言いな。売ってやるからさ。・・・って、あ、あれ?」
アレスの髪をちりちりにさせた炎は、その通路の先の壁のところに積み上げてあった薪にあらかじめ火をつけておいてからスイッチを踏み、温度を敏感に感知して熱のある方へ行くという特性に従って、なんとかその炎を回避することができた。加えて、薪が燃えるのと一緒に焼けて崩れかかったようになった壁を木槌で壊して、先に進んだ。
そして、その先も崩れかかった壁を壊したりして先へ先へと進み、どうやら細い通路がまっすぐ続いていたここでも、壁の切れ目を見つけて、そこを壊してきた先にこの店屋があったのである。

「ちょいと兄さん・・・・やるじゃない?」
ちょいちょい、とカウンターの中からアレスを手招きして小声で話す店主。それはあとから入ってきたクレールの姿を見つけたからである。
「こ〜〜んな恐い迷宮でさ・・・よくあんなかわいこちゃん見つけたね?・・っていうか・・・・連れてきてよかったのかい?」
興味津々、目を輝かせてアレスに話す店主だが、もちろんアレスがその話に乗ることもない。スタスタと店の奥にいくとそこにある武器や防具を手にとって見始めた。
「ったく・・・照れてんのか、それとも無愛想なのか。」
「こんにちは。」
「あ、こ、こんにちは、いらっしゃい。」
アレスの方を向いてぶつぶつ文句を言っていた店主は、クレールににこやかに挨拶され、少し慌てて挨拶を返した。
「あ・・・あの・・何か?」
挨拶を返した後、じっとクレールを見つめている店主を不思議に思い、クレールはにっこりと微笑んで聞いた。
「あ・・わ、悪い。じっとみちゃって。な、なんていうか・・・こ、こんなところに似合わない、そ、そのあまりにもさわやかな笑顔だったもんで・・」
えへへ、と店主は頭をかいて照れ笑い。
「だけどさ・・」
そして、アレスの時と同じように、ちょいちょい、とクレールに手招きして、顔を寄せるように言う。
「あんたのような清楚でかわいい子がなんであんな無愛想な奴と一緒なんだ?まー、場所が場所だから、あいつなら腕が立ちそうだからなんだろうとは分かるけどさ?」
「あ・・・」
途端にクレールは真っ赤になって言い訳をする。
「違うんです。あたしとアレスさんはそんなんじゃないんです。ただ、以前、他の迷宮でアレスさんとは会ったことがあるし、ここで偶然再会できたので、一緒に探索してるだけなんです。だって、あたしもアレスさんも出口を目指してるから・・当然道も一緒に・・・。」
「ふ〜〜ん?」
「ホントですっ!」
話を信用してないような笑みに、クレールは今一度断言する。
「ま、いいけどさ。だけど気をつけなよ。」
「え?」
「魔物ばっかりに気を取られてて、ほっと気を緩めたときなんか襲われないようにね。」
「アレスさんはそんな人じゃありません!」
アレスの後ろ姿を指さして言った店主に、クレールはますます赤くなって思わず叫んでいた。
「あははっ・・・そんな人じゃないはよかったね。・・・でも、男なんてあんまり信用しちゃだめだよ。あんたのようなかわい子ちゃんは特にね。」
「あのですねー・・・」
−コトン・・・ガラガラ−
真っ赤になったまま今一度説明しようとしていたクレールとそんなクレールの反応がいかにも面白いといったような店主のところに、いつの間にかアレスが来ていた。
店の奥で見つけた防具をカウンターの上に置き、そして、次元箱からそれまでに入手したものでアレスが不必要だと判断したものを取り出して置いた。
「兄さん、なかなか目が肥えてるね。あたしには、人間も妖精も化物も客なら同じさ。精々ハデに暴れて武器をつぶして、うちでタンマリ買っていっておくれね。」
にこにこ顔で店主は精算する。
「あっ!そうだ!それからいいこと教えてあげるよ。でも、ホントかどうか分からないからね。違ってたとしても文句は言わないでおくれよ。」
久しぶりの客であったのと、そして、それが男女1組という珍客だったこともあり、一時を楽しめた店主は、上機嫌である情報を教えてくれた。

そして、その情報を元に、アレスとクレールは来た道を少し戻り、見落としたらしい壁の裂け目を探していた。

「あっ!アレスさん、あそこ!あの小さなひびは?」
−ドガッ!−
店主の話は、次のエリアから繋がっているという洞窟内に、究極の盾が眠っているらしいという情報だった。
が、その盾は近づく者全てに対して攻撃をするよう呪いがかけられていた。どんな強靱な戦士でも、その盾の前に倒れてしまい、未だに誰の手にも渡っていない。
そして、その呪いを解除し、動きをとめる手だてが、そこへの道は分からないが、ともかく店の裏側のどこかにあるらしいということが、店主の意味するとっておきの情報だった。

「これ・・・気味が悪いわね。」
その先で見つけた3体の彫像はどれも不気味な雰囲気を醸し出していた。
「異形の偶像って、言ってたわね。これで間違いないんでしょうけど・・・悪魔崇拝か何かしら?気持ち悪いわ。でも、たしか4体って言ってなかったかしら?あと一体は・・・?」
その先は行き止まり、アレスとクレールは、来た道を戻り、後回しにしておいた道を進んだ。


「ひゅ〜〜〜〜♪やるねー、あんちゃん?こんなところで女連れとは?」
(ま、また・・・・)
その道を進んだ先に、冒険者らしい男が立っていた。彼はアレスとクレールを見つけると、からかうように笑顔をみせる。
「なんだ、旦那か、ひさしぶり。変なところでまた会ったな。」
近づいたアレスを見て、その男はにやっとする。
「ちょいとはりきって、こんなトコまで下りてきたんだが。疲れちまったぜ。入り組んでる上に結構化け物共も強いしよう。」
そして、男はアレスの斜め後ろのクレールをちらっと見てから話を続けた。
「おっと、名前をまだ名乗ってなかったな。俺の名はフレッド。売り出し中の賞金稼ぎってトコだ。・・・と、言っても、もっぱら盗掘が今の生業だけどな。」
「あたし、クレールと言います。」
「クレールか・・・いい名だな。」
フレッドと名乗った男は、ちらっとアレスを見る。
こちらから名乗ったというのに、名を名乗る気配もなければ、口を開く気配もないアレスに、少しむっとしつつ、少し挑戦的にフレッドはアレスに言った。
「その扉の中にいる化け物が強くってな。ちょっと休憩してたんだ。あんた、代わりに戦ってみてくれないか?」
そこが行き止まりだった。そこにドアがあれば、当然、アレスはフレッドに言われなくとも、進む。
「あ・・その扉、カギがいるんだ。ほら。」
ドアに向かって歩き始めたアレスに、フレッドは慌てて声をかけ、カギを差し出した。
「気をつけな。なんたって俺がテコズルくらい手強い化け物だからよ。おっと・・・お嬢さんはここで待ってた方がいいぜ。」
アレスの後についていこうとしたクレールを、フレッドは慌てて引き留めた。
「でも・・・」
「いいから、いいから。ここは彼氏の顔を立てておけって、な?」
「あ、あの、あたしたちそんなんじゃ・・」
アレスとの仲を否定しようとしたクレールは、フレッドの少しぎらついた瞳で口ごもった。
「や、やっぱりあたし一緒に行きます!」
腕を掴んでいたフレッドの手を振りほどくようにして、クレールはアレスの後を追った。
「なんだよ〜〜・・・ちぇっ!・・・オレの方がいい男だぞ?」


そのドアを開けた中には、死神が闇の紋章を守っていた。
「闇の紋章って・・・もしかしたら、闇の跳躍で上へ戻れるっていう?」
魔法は一切効かなかった死神だが、そこはアレスの剣技がある。魔法はだめでも直接攻撃は効く。が、防御結界が強いのか、少しは時間がかかったとも言える。それでも、アレスだからこそ倒すことができたのである。
倒したあと、宝箱に入っていた小さな緑色の宝玉でできた紋章を手にとってクレールはアレスに見せた。
「これがあれば、あの跳躍の魔法陣でダークゾーンへ戻れるのよね。来た道を戻らなくても。」
そうだ、というようなアレスを見て、クレールは言葉を続ける。
「ダークゾーンにあったどうしても開かなった扉・・そこに出られると思うんだけど・・・まだまだここからも先が長そうだから、あたしが戻ってそれを確認してきていいかしら?」
無言の了承を得、クレールは闇の紋章を手に、足早にそこを走り去っていった。

(さてと・・・天然巫女さんもいなくなったことだし・・・)
アレスはその部屋の壁にあったプレートの言葉を読んでいた。
『呪いを解く異形の偶像は、4体で1対をなす。サザンクロスの元へ。』
(4体・・・祭壇のようにでもなってて四隅に置くというのか?・・・にしても、あと1体は?)
そう思いながら、アレスはその部屋を後にした。

「あ、あれ?さっき嬢ちゃん、戻って行っちゃったけど?」
フレッドがアレスの姿を見つけるやいなや、にやけた表情で口を開く。
「なんだい、やっつけちまったのは大したもんだと思うけどよ。喧嘩でもしたのか?おおかた振られたんだろ?」
が、アレスがフレッドのからかいにのるわけはない。
反対に、黙って近づいてくるアレスに、フレッドはたじろぐ。自分ではまったく歯が立たなかった魔物を倒したことから、アレスの腕は確実なものだからである。
「な、なんだよ・・・。」
つい今し方までのにやけ顔はどこはやら、フレッドの顔は、少しひきつっていた。
「ほ、報酬を払えとでも言うのか・・・?」
黙ってフレッドの前で立ち止まったアレスに、冷や汗が流れ始める。
「ど、同業者から巻き上げる気かよ。・・ああ、わかったって。妙な偶像を見つけたんだ。これをやるからチャラってことにしといてくれよ・・なあ。」
慌てて袋から偶像を取り出すと、フレッドは返事を待たずに、アレスの手にそれを持たせる。
「な。頼むよ。俺はもう一休みしてから上がることにするぜ。もう、こんなところは、コリゴリだ。・・じ、じゃあな。」
こそこそっと通路の脇へ身を寄せたフレッドをそこに残し、アレスは次のエリアへと向かった。

(サザンクロスというのか・・・どんな盾なのだ?こんな仰々しい解除法が必要なんだからな・・相当なものなんだろうな?)
ダークゾーンへ戻ったクレールのことなど、早くもどこへやら、勿論、フレッドのことなど全く気にかけてはいない。
アレスの思考は、まだ見ぬ究極の防具とやらに占められていた。



--参:One Point Dela #11--

  Index ←back next