◆第十四話・潜入、忍者屋敷◆
  

 (ここは・・・?)
坂道の終着点、鬱蒼としげる森の小道が続いたその最終地点、アレスは不意に明るく開かれた空間のまぶしさに目を細める。

−コーーーン・・・・−
静まり返ったその空間に何かの音が響き渡った。
−コーーーン!−

アレスの目の前には広い池が広がっていた。そしてその池を挟むように両側に家屋と思われる建物が建っていた。
が、アレスの見知った建物とは少し違っていた。
アレスの見知った建物と言えば煉瓦作りや石や泥で作った家屋がほとんどである。確かに土を壁に使っている感じもあったが、その造りは見知った建物とはあきらかに違いがあった。
(もしかするとこれが東方の国の家屋か?土壁と木と竹と紙で作るという?)
どこでだったかそこまで確かな記憶はなかったが、アレスは聞いたことがあった。掛け軸とかいう東方の国独特の絵画に描かれた家屋と酷似していた。
(そういえば、この『忍』という文字は、その国のエリート暗殺集団の総称だったな。)
右側の建物の玄関と思える戸口の横につり下げられている竹製の丸いブラインドのようなもの、自分の顔位の大きさのそれに書かれている文字を見つけて、アレスは思い出していた。
街の教会で、そして、ここへ来るまでの道すがら、アレスを襲った黒装束の男達はまさに忍はと呼ばれる彼らのいでたちだった、とアレスはその時みせてもらった掛け軸の絵に描いてあった忍者装束を思い出していた。
(暗殺集団か・・・ここまで来る間に出会った忍者は、さほど腕があるとも思えなかったが・・・・・もし、ここがこの国の彼らの本拠地なら、それ相応の腕の人物がいるのだろうな。)
戸口に手をかけようとしたアレスは、ふとその手を引き、屋敷とまるで塀のように林立する木々の間に続いている細い道を奥へと進んだ。

−チロチロチロ・・・・コーーーン!−
「ん?」
その奥にこのエリアへ入ったときから時折聞こえる音と出会った。
(これもいくつかあった掛け軸の中の1つに描かれてあったな。)
その国で『風流』と呼ばれるその光景に、アレスが目の前にしているものがあった。
−コーーーン!−
竹筒にたまるまでちろちろと流れる水の音と、己の中に溜まったそれを吐き出そうと動いた竹が石を叩いて辺りに響き渡る音。
(これが風流というものか?)
そんなことを考えながら、アレスはふとその石の下の地面に隠れるように描かれていた円形を見つける。
(なんだ、これは?)
およそ風流というものには縁遠いというか、そんなこととは無関係のアレスは、せっかくのそのハーモニー(?)を壊すだろうということなど頭にあるはずはなく、迷わずぐっと腕に力を込めてその石を退ける。
(スイッチかなにかか?)
ごろっと向こう側に押しのけたその後には、確かに円が描かれてあった。細い鋼の円である。
(忍者屋敷には、様々なトラップが仕掛けてあるとか聞いたな。)
確証はなかったが、アレスはともかくそれを踏んで見る。
−ガコン!−
(やはり、な。)
踏むと同時に、何か仕掛けが作動したような鈍い手応えが足下にあり、アレスはにやりとする。
現状ではそれがいい方向に作動したのか、それとも悪い方向に作動したのかはわからない。が、ともかくこういったスイッチは全て作動させてみる、というのがアレスのやり方だった。
他に何もなさそうだと判断すると、アレスはいよいよ屋敷内へ入ることに決めた。

−カラカラカラ−
そっと開けたつもりのその引き戸は、軽い音を立てて開いた。
(まずかったかな?)
これも忍者屋敷のからくりか?と思いつつ、アレスは1歩中へと入った。

(ん?)
『土足厳禁!』
戸口を開け入った土間から1段高くなっている通路へ足を進めようとしたアレスは、ふとその上がり端に駆けられていた掛け軸に書かれていた字に目をとめる。
そして、家屋内では靴を脱いで部屋へあがるということを思い出す。
(足音を消すためだったか?)
アレスは、そのとき説明をした商人の言葉を思い出していた。
が、アレスはたとえ足音がしようがしまいが、関係ない。忍び込むつもりはないのである。そこは堂々とそして果敢に?己の行こうと思う道を只ひたすら進む。敵に知られるのならそれもよし、知られずに探索を終えれればそれもまたよし。ともかく、己の気になった対象は全て隅から隅まで調べないと気が済まないのである。

が・・・・・滑りはしないか?本当に木でできているのか、と思われるほどぴかぴかに磨かれたその通路を、泥の付いた靴で上がるの抵抗があったのか、アレスは数回土間で勢い良く足踏みし、泥を落としてから通路へと足を踏み入れた。

通路は、竹格子に貼られた薄紙を通してやわらかく陽が差し込んでいた。
(気持ちいいものだな。)
アレスは陽の温かさに心地よさを感じながらも、注意深く通路を進んでいった。


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