◆第六話・読書家アレス◆
  

 階段を下りきると、やはりそこは魔物のすみかだった。
スケルトン剣士は勿論、大コウモリや、は虫類に属すると思われるようなおかしな魔物たち。もちろん、外見は面白くても彼らの攻撃はなかなかのものである。バカにしてかかってはいけない。勿論、アレスもそんなことはしない。初めての相手には、その神経をとぎすまし瞬時にして襲ってくる魔物の急所を見分け、そこを攻撃して倒す。端から見ると簡単にあしらっているようにみえるが、それはアレスだからこそできるのであって、普通の人間ができるかというと、それは大きな間違いである。魔物の餌食にされるのがオチなのである。

行き止まりとなっていた狭いその洞窟で、アレスは崩れかかった壁を見つける。
(いつものことだな。)
呟きながら背負っていた大槌で壁を崩し、その先に進む。勿論、ここで見つけたものである。

(・・・しかし・・・ずいぶん荷物が増えてきたな。バノウルドの地下で見つけた異次元箱のようなものがあると便利なんだが・・・。)
バノウルドの迷宮で見つけた異次元ボックス。小さいが、鎧からポーションまでいくつか入ってしまうという究極のそして、摩訶不思議なマジックアイテム。アレスは今それを必要としていた。
それがあるとかなり荷物は減る。できればこういった迷宮の探索は、身軽でいたかった。が、いつどんなアイテムが必要となるかわからない。入手したものは、出来る限り持っていた方が何かと都合のいいことがある。それに店でもあれば、換金できる。
アレスはここのどこかにそれがあるような気がしていた。


(さっきから読めないプレートがあちこちにあるんだが・・・・)
壁の所々にあるプレート。地下洞窟の案内(?)か注意書きが書いてあるものなのだろうと思われたものがあったが、どれもアレスには読めない。
世界各地を放浪している事もあり、自然とある程度の語学力はついていた。が、それらに書かれている文字は、見覚えのない文字だった。
(気にはなるが・・・とにかく行けるところはどんどん進んで行けばいいんだろ?)
アレスはそれまでもそうだったように、とにかくどんどん進んで行く。

(やったっ!)
そして、壁を崩して進んでいった通路の先にあった奥まった穴の隅に、アレスが最も欲していた異次元ボックスを見つける。
思わず心の中で呟くと共ににまっとVサイン!(心の中のアレス)
それまで持ちきれず、せっかく見つけたのに置いてきてしまった剣やアイテムの回収にと再び来た道を戻る。最もそこで行き止まりだったこともあるが。


(む?・・・・これは?)
ほぼそのエリアの探索は終えたと思われた最後の小部屋のようなところで、アレスは鍵を見つけた。それまで手に入れていた合い鍵とは違い、立派なものである。
(これで開かなかったあの扉が開くのだろうか?)
アレスは急ぎ足でその扉へと向かう。
−カチャリ−
そして、アレスの予想通り、その鍵で扉は開いた。
(なんだ、これは?)
その奥の古ぼけた宝箱に入っていたのは、武器でも防具でも、そしてポーションでも使えるようなアイテムでもなく、かび臭いぼろぼろになった本だった。
パンパン!とその埃を叩いて、アレスはそれでも広げてみる。特別な鍵をかけてまでしまっておいた本である。どうでもいいはずはない。
(辞書?)
アレスは中身を見てそう思った。そこには様々な言葉と、そして、プレートで見た文字が書かれた。明らかに翻訳書だと思われた。
(オレはまたこの真っ黒な皮の装丁からして、黒魔術の書か何かだと思ったが・・・。)
確かにカビの臭いと共に、何か異様な感じを、その本から受けていた。が、害はないようである。
(とすると・・・あのプレートの文字がこれで判読できるわけか?)
アレスはそこから一番近くにあったプレートの元へと向かう。

そして、そのプレートの前で、本とプレートを見上げるアレスの姿が、パラパラと本をめくる音と共に見られた。
(文法が、回りくどいというか・・・もっと簡略化すればいいものを・・)
それでもアレスはひたすらプレートの文字と照らし合わせて解読していた。


勿論、その間にも魔物たちは襲ってくる。じっと本を見ているアレスは、彼らにしてみればカッコウの餌食である。

が・・・、本に集中しているに違いないはずのアレスは、彼らの攻撃をいとも簡単に避ける。そして、うるさいな、と言わんばかりに軽く相手をして倒す。
が、彼らもそうかといって攻撃の手を休めるような事はしない。一カ所に留まって本を読んでいるアレスに、当然魔物たちは群がってくる。

(ああ〜!うるさいっ!)
キン!シュピン!と本を読みながら軽く相手をしていたアレスも、その数にうんざりしてくる。加えて、ある程度はわかってきたものの、まだ文章を理解するまでには至っていない。
(集中したいから、今少し放っておいてくれ、と言っても聞いてくれるわけないよな?)
苦笑いすると、アレスは異次元ボックスから盾と剣を取り出す。
そして、明かりの灯っていた壁を背にし、剣をつっかい棒にして三方を大きめな盾で囲むとそのまん中に座り込んで翻訳書に集中した。
なぜ、魔物ばかりの洞窟に灯りがともっているのか、そして、だれが、どのようにして、それを保っているのか、という事も気になったが・・・この再、それは考えることはやめにした。
(オレのような侵入者の探索の手助けの為なんだろ?)
その件に関しては軽くそう考え、とにかく、今はプレートの文字の判読だけが気になっていたアレスは集中してその謎めいた怪しげな文字の解読にかかっていた。
読めなくとも進める限り行けばいいじゃないか?という考えも頭をよぎったが、謎のままにしておくのもくやしい気がした。

(なるほど・・・何かに似ていると思ったらビトリック文字に似てるんだ。文法は・・・かなりややこしさが増してるが・・・なんとか判読できるだろう。)
アレスの知っている言葉の一つと似ていたことに気づいてから、飲み込みは早くなった。一応の単語と、そしてある程度の文法の法則を理解し得たアレスは、軽く呟いて本を異次元ボックスへ入れて立ち上がりながら、周囲に立てた盾や剣を取り除いて同じくボックスへと入れようとした。
(お?)
アレスの周囲には、そのバリケードをぐるっと囲んだ魔物たちが黒山のようになっていた。彼らはその盾のバリケードが明らかに怪しいと感じたのだが、『取り除く』という動作を知らない彼らは、怪しいと睨みつつ、そこに立ち往生のカッコウとなっていた。
「・・・別に待っていてくれなくとも良かったんだが・・・悪かったな、待たせて。」
アレスは、手っ取り早く両手で盾を掴むと、彼らが攻撃に移る前に、勢い良く叩き伸していった。
彼ら魔物たちはというと、バリケードの中から不意に顔を出したアレスに呆気にとられているうちに、早くも顔面や全身にアレスのその攻撃を受けていた。
−バン!ドバン!バシッ!−
剣で斬るのもいいが、スケルトン剣士と飛び交う大コウモリでは、この方が早いと判断したからだった。両手に盾は攻防両方兼ねているし、結構一度に数体倒すことができた。
慌てて反撃を開始した彼らではあったが、アレスの相手ではなかったことは言うまでもない。両手の盾で、そして、時には跳び蹴りも加え、アレスは快調だった。両手の盾で魔物をつぶし、それを土台にして高く足を蹴り上げ、前にいる魔物にその足からの一撃を加える。それは、一挙両刀の攻撃だけではなく・・・・まさにトリプルアタックといってよかった。

(こんなものか・・・)
アレスはあっという間に彼らを叩き伏せると、必要なものを異次元ボックスに入れ、そこを後にした。


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