◆第五話・バルカンの予言◆
  

 ドーラを飲み込んだ海面が静まる頃、アレスは島の中心にある建物の周囲の調査に入っていた。
ドーラなら入口を見つけるとすぐ入るのだろうが、アレスは決して安易な行動はとらない。たとえ何もないだろうと感じても、そして、最終目的がその内部にあろうとも、周囲の調べてから中へ入るのが常だった。

(やはり、これといった事は何もないな。)
自分の感が正しかったことを確認し、アレスは入口へと向かう。
建物の周りは武器が散乱していた。それは、海流のいたずらでここへ流れ着いた者たちの所持していた物だと思われた。魔物が徘徊している事から、おそらく死体は骨まできれいに彼らが片づけたのだろうと思われた。残っているのは彼らの食料にはならない武器や防具などの金属類。衣服や他に身につけていた物はおそらく時の流れと共に風化してしまったのだろう。
その中から一応使えそうな剣を手にし、久しぶりの獲物だと嬉々として群がってくる魔物を倒しつつ、アレスは建物の入口へと向かった。

一歩建物の中へ入る。魔物の歓迎があると思って構えていたアレスは、し〜〜んと静まり返り、何も出迎えがなかったことに、奇妙さを感じながら奥へと進む。

(ここまで来てくたばったか・・・。)
その奥まったところに風化し、ぼろぼろになった衣服がところどころにひっかかっている一体の白骨体を見つけた。
この島へ漂着した者は、そのほとんどが建物内へ入る前に魔物の餌食になっていた。内部へ入ったのは、おそらくアレスが見つけた変わり果てた姿となった者くらいのもの。
(しかし、どのみちこの先へ進んでも助けは得られなかったのだろうが。)
アレスは、建物の内部が何者かが結界を張って魔物の侵入を防いでいるのだと感じていた。
内部の空気には、かすかだが魔の瘴気を払う渦があった。

(なるほど・・・・結界はこの僧のなせる技か?)
地下への階段の手前、一人の僧侶らしき男の遺体があった。
(地下牢獄の囚人たちが話していた僧なのか?・・・関門の番人を倒してここまで来たというわけか。なかなかの法力も持ち主だったわけだな。)
そんなことを考えながらアレスは、彼が息を引き取る直前まで、己の血で壁に書いたと思われた血文字の遺書を読んでいた。
死しても尚、ここへたどり着いた者の事を思い、結界を張った僧。そこで一時でも休息を得られるように、というその僧の配慮だとも取れた。
(だが、ここにずっといるわけにもいかないしな。)
そんな彼の遺書は、アレスが予想した通りのものだった。

(なぜ権力者は、こうまで絶対的な力を渇望するのだろう?)
アレスには理解不能な事であり、また、行く先々で似たようなトラブルに巻き込まれたことから、彼らのそういった力への我欲は、理解していたとも言えた。
(その力を制御し得た者は、誰一人いないのだが。)
我こそは、それを制する者、と、利欲に走った権力者が、絶対の自信と共に、誰もが手に入れることが出来なかった力を欲する。がそのほとんどは、身を滅ぼす結果に終わっている。・・しかも周囲を巻き込んで。


『力を欲す欲せぬは、もはや関係ない。お主はその一端に触れた。運命の歯車は回り始め、お主は古の鎖に囚われた。そは、迷宮のごとく出口はどこにもない。・・いや、どこかにはあるのだろうが・・・・辿りつけるかどうかは、お主次第。そして、この世も然り。』
タントールの街で出会ったバルカンの言葉を、アレスは思い出していた。
バルカンとは、その仇としてアレスを執拗に追っているドーラの育ての親であり、魔術の師匠。そして・・・・アレスがその剣にかけた高僧だった。
『闇に出るか、光に出るか・・・・・それは、お主の今後にかかってくるだろう。・・・お主は選ばれし者。道しるべとして古の力が選んだ戦士。・・・そして、・・・・囚われし者。』

「囚われし者、か・・・・。」
それはバルカンが己の死を覚悟して、王宮へ赴く直前、彼の自宅でアレスに言った言葉だった。何かに引かれるようにして一晩宿代わりに泊まったバルカンの家。そこを発つ時のバルカンとの会話を思い出して、アレスは呟く。
(気の向くままの旅のつもりだが、そうではないと言うことなんだろう。)
言われたまま行くつもりはなかった王宮。が、アレスの足はそこへと向かい、結果としてバルカンの息の根を止めることとなった。・・・彼の予言の通りに。

(やはり、バノウルドの地下洞窟だけで抜け出たわけじゃなかったんだな。)
鎖・・古の絶対的な力という鎖で幾重にも巻かれた迷宮。それはまだまだ続いていたのだ、とアレスは改めて確信する。
壁には、その力を得ようと画策する王を懸念する思いが書かれていた。
『・・・・・王に力を与えてはならない。全てを制する力の源に触れてはならないのだ。どのようなことがあろうとも。』
最後のその言葉からは、僧の執念ともいうべき思いが読んでいるアレスにも伝わってくるようだった。
(迷宮であろうがなかろうが、オレには関係ないが・・。)
行く先が目の見えない力によって囚われた迷宮だろうが、なんであろうが、アレスには関係のないことでもあった。自分でも不思議な感覚なのだが、これといって目的はない。放浪を人生としているアレスには、それが古の力の意志によるものであろうと、何であろうと、結果的には同じだった。
(ともかく、オレは足が向くところへ行くまでだ。・・・この身が動く限り。)
目的のないまま放浪する、それは、見る人が見れば、寂しい人生なのかもしれない。が、アレスにはそれが全てだった。
放浪の先の洞窟での宝が目当てでもなく(ちゃっかり手にはするが)、・・魔物との戦闘を楽しむわけでもない。確かにそこに、ある種の刺激、人生の終焉を賭けての戦いというスリルはあるが、アレスにとってはそれすらも別に大して意味を持つことでもなかった。加えて、強敵と剣技を競う事に意義を抱くという意識もない。
何を求めて放浪するのか・・・それは、アレスが自分に無意識に問い、そして、問わずにもいるような、至極不鮮明且つ複雑とも言えるものだった。
前世からの因縁なのかなんなのか、気づくとすでに放浪の旅にいたアレスには、どうでもいいことでもあった。それは、ある種、悟りの境地なのかもしれない。

「さて・・・オレはどこまでこの足で行けるのか。」
小さく呟くと、アレスは魔の瘴気がじわりと這い上がってくる地下への階段へと歩を進める。
口びるの端を軽くあげたその笑いは、己の生の最後の瞬間を見据えた自嘲とも取れた。いつ迎えても構わないその時。が、死に甘んじるつもりもない。その時がいつなのか、ここの地下へと足を踏み入れたその瞬間なのか、はたまた、まだまだ道はその先長く続いているのか・・・そう思う己の感覚がアレスには不思議と心地良かった。


  Index ←back next