厄災の日



「ただいま・・ニクシー。」
扉を開け、シェラ・イー・リーが何やら重い足取りで部屋に入ると、 中で待っていた水の妖精、ニクシーが、水鏡から姿を現し、笑顔で出 迎える。
「お帰りなさーい。・・あれ?今日はやけに暗いけど、何かあったの?」
「じ・・実は・・・」
いつものシェラらしくない元気のない声色にニクシーの表情も曇る。
「実は・・?」
「今日は1人でHELL/HELLへ行って来たんだけど・・」
「・・けど?」
「潜ってからずうっと寒気が・・・」
「そういえば、顔色も悪いみたい・・疲労だけじゃないみたいね? ・・風邪でもひいたの?」
「風邪ならまだいいんだけど・・・」
「風邪でないっていうんなら・・・ひょっとして、魔物を殺しすぎて とりつかれてるとか・・・?」
腕組みをしてしばらく考えてから、ふと何気なく口にするニクシー。
「ま、まさか・・・」
そう呟いたシェラの顔色は、心なしか一段と青白い。
が、ニクシーは特に気にも止めず荷袋をチェック。
「わあ!Full・Plate!!・・それと・・わ!Naj'sだ!」
「え?」
その言葉に驚いてニクシーを見るシェラ。それもそのはず、Naj'sを 入れた覚えはシェラにはなかった。そんなシェラには気づきもせず、 ニクシーは小袋を逆さまにしていた。
「えっとー、この小袋の中は・・・と?」
−チン!チ、チーーーン!−
心地よい音が部屋に響く。
「リングが4つもー!・・でも、これって?」
そこに転がったのは、4つのエンゲイジメント・リング。
それを見た途端、シェラは全身硬直。顔色は蒼白状態。もはや死人の それだった。


 その日、いつものようにシェラは、いいアイテムがないか、と鍛冶 屋、そして裏ルートから掘り出し物を仕入れている義足の少年、ワー トのところへ立ち寄った。

「やぁ、シェラのお姉さん、何か買っていってよ。」
シェラを姿を見つけるが早いか、にこにこ顔で近づくワート。
「何か、と言われてもそれ相応のものじゃないと。」
「オッケー!ま、これをみてくれよ。」
「どれどれ?」
「これだよ、Awe・Full・Plate、AC75、+140%  Aweオンリーだけどさ。」
「わー!ほ、ほしい!!」
「お姉さんだから特別に13万Gにまけておくよ。」
「じ、13万G?ち、ちょっといくらなんでも高すぎない?」
「いいんだよ、別においらは、誰でも。」
涼しい顔をしてにまりとシェラに笑いかけるワート。
(こ・・このガキ〜!!)
怒りをぐぐっと堪え、急ぎバックパックからゴールドの入った小袋を 数え出すシェラ。
1袋5千G入ってるその袋は12個しかない。
「12個か・・・端数を加えても約6万3千Gってところねー・・・」
「うーーん、足らないねー、お姉さん・・。」
「ま、待ってよ、ワート。予約ってできない?」
「予約か〜・・・おいらとしては、早くお金に換えて新しいモンを仕 入れてきたいんだけどさ。」
「そ、そんな意地悪言わないで〜・・ね、ワートぉ!」
「そうだなー、他ならぬお姉さんのことだからぁ、今日いっぱいくら い待ってあげてもいいかなー?でも、早い方がいいし・・。ううん・・ どうしよう?」
「ワート、お願い!」
足下を見て!と多少怒れもしたが、ここで怒ってしまっては、と思い 直し、手を合わせて頼み込むシェラ。
そんな彼女にワートは再びにまっとほくそ笑みする。
「じゃー、足らない分は身体で払ってもらうってことで。」
「え?」
予期しないワートの台詞にシェラの顔は真っ赤になる。
(身体でって・・こ・・この、ませガキ〜っ!)
「あれ?何赤くなってんの、お姉さん?」
「な・・何って・・・・」
クスクスと笑いながらワートは、少し悪戯っぽい目で答えに詰まるシ ェラを見つめる。
「お姉さんならちょほほ〜いとHELLまで行ってくれば、足らない分く らいわけないだろ?身体を使うって、そういうことだよ。何考えてた の、・・お姉さん?」
「う・・・そ、それは・・・。」
「は、は〜ん、Hな事考えてたんだ、お姉さん?・・純情な少年をた ぶらかしてはいけませんよ、お姉さん?」
(誰が純情なんだ?誰が?・・・この業突張りが!)
「うーーん、でもそっちもいいかもしんないな?・・ね、お姉さん〜 ・・?」
「だ、誰が子供相手に・・・」
「じゃ、大人ならOKなの?よかったら紹介するよ。ええーと・・残 金だけ稼ぐとなると・・何人でいいかな?」
「ち、ちょっと待てー!」
「ん?何、お姉さん?」
「わ、私はそんなことするとは言っていない!」
少し焦り気味なシェラを見て、ワートはいきなり吹き出す。
「ぷっ!あはははは!」
「な、何よ?」
「ははははは・・・ホント、からかい甲斐があるよ、お姉さんってば ・・・。」
「し、失礼な!」
「とてもじゃないけど、魔戦将軍だなんて思えないって!可愛いよ、 お姉さん。」
「こ、子供だと思って甘くしてればつけ上がって!この〜!」
「怒った顔も素敵だよ、お姉さん。」
「ぐ・・・・」
年下のしかもまだ子供のワートにいいようにからかわれてシェラはも う怒り最高潮。つかつかとワートに歩み寄り少年の服を掴んで一睨み し、そのままどかっとイスに座ると、その膝にうつぶせにさせた。
そして、あっという間の事で、あっけにとられているワートのお尻を 思いっきりひっぱたき始めた。
「大人をからかって楽しむような、すぉーいう悪い子は、こうです!」 −バシッ!バシッ!バシッ!−
「い、痛いよー、お姉さーん!」
「痛くて当たり前!思いっきり叩いてるんだから!少しは反省しなさ い!」
−バシッ!バシッ!バシッ!−


そして、数分後、叩かれたお尻を撫でながら見送るワートを後に、シ ェラは一人HELLへ向かっていた。


HELLへ下りる薄暗い通路を下りながら、シェラは、その日宿を出ると きに出会った占い師の言葉を思い出していた。
『男難の相と死難の相がでてますよ。今日は宿で一日おとなしくして いた方がいいようですが・・・。』
(・・・男難の相ってワートとの一件の事なのかな?・・あほらしい! でも、あとの死難の相って・・・?死相とは違うって言ってたけど・・??うーーん、 分かんない・・でも、おとなしくしてろと言われても、PLATEほしい し・・)
あれこれ考えているうちに、狭い通路は終わり、視界が広がる。そこ は、通称HELLと呼ばれる空間。魔物の巣窟。魔の気がそれまでのダン ジョンと比べ、より一層濃く漂い、常人なら、それだけで気を吸い取 られ、消滅してしまうであろう空間。・・刻一刻と、復活しつつある 魔王ディアブロの息吹をも感じられる魔のそれ。
それゆえ、徘徊する魔物も尋常でなく、ダンジョンで最も危険な箇所、 『地獄』と呼ぶに相応しい最終ダンジョン・・その寒気さえ催す薄気 味悪い空間が、シェラの眼前に広がっていた。

(何度来てもあまりいい気持ちはしないわね・・・。)
足を踏み入れると同時に全身にまとわりつくその魔の気に飲み込まれ ないよう、ぐっと下腹に力を入れ、歩を進める。

−ブォーーーン!オォーーーン!−
その途端、魔球の集団がシェラを飲み込まんと襲いかかって来る。飛 び交う音はまるで怨霊の咆哮。
「魔導師?」
さっと魔球をよけ、矢をつがえる。
−バシューっ!−
魔球とは反対方向から真っ赤に燃える火球の群がシェラ目掛けて襲い かかる。
「反対側は、サッキュのおねえさん、ね?」
そう判断すると同時に瞬間移動の魔法で、敵のいないであろう空間に 移動し、攻撃態勢に移る。
(敵は何匹?・・位置は?どこへ誘い込めば有利?)
魔の気を縫うように流れる風、その風の精霊を喚び、敵の情報を得る。
(ふーーーん・・そっかぁ・・相当いるのねー。)
そして、全神経を弓矢に集中し、戦闘に入る。
石化の呪文を有効に使い、敵を分散させ、狭い通路におびき寄せて矢 の連射による攻撃。が、敵も簡単には思い通りになってはくれない。
魔導師も瞬間移動を駆使し、その巨大な魔球を次々と繰り出してくる。
魔導力こそ彼ら魔導師には、到底及ばないが、移動術の素早さの点で はシェラの方が長けていた。魔導力を使いきってしまわないよう、細 心の気を払いつつ、彼らと対峙する。
そして、その攻防が数十分続いただろうか・・辺りに響きわたり続け ていた、弓の射る音、魔法弾の飛び交う音、魔物たちの断末魔の叫び、 などが打って消える。
洞窟は、再びその気味の悪いまでの静寂さに包まれ、その中に一人荒 い息をしたシェラがたたずんでいた。
(つ・・疲れた〜・。やっぱり一人は辛いよ〜・・。)
「さーーーて・・回収、回収!」
回復剤で怪我を治し、魔導力を充填してからシェラはゆっくりとその 激しかった戦闘の後を回り、魔物が落としていったアイテムや宝の回 収に移る。
「結構いいもの落としていってくれたみたい。」
持ちきれないほどの収穫に大満足のシェラが、街までの移動ゲートを 開き、そのゲートに入ろうとした時だった。目の前にぼんやりと薄黒 いもやが現れ、それは、徐々に人影を形成していった。
(敵?)
咄嗟にそう判断したシェラは、荷物を放ると弓を構える。
眼前に姿をあらわにしたその人影は、確かにさきほどまで戦っていた 魔導師の一人。
「お待ちいただけませんか、おじょうさん?」
シェラが矢を放たんとした時、その魔導師の声が静かに響く。
「?」
その静かな口調に敵意がないと判断したシェラは、弓を下ろす。
「あなたのあの戦い、すばらしいものでした。私はすっかり魅せられ てしまいました。」
「は?は、はぁ・・、それは・・どうも・・。」
意外な事を言われ、呆気に取られて彼を見つめるシェラ。
「我が身は既に消滅し、今となってはどうする事もできません。・・ が、これは私の気持ちです。例え、実体は塵と化し、消滅していても、 私はいつもあなたの傍に・・いつまでもお守り致します、おじょうさ ん。」
−チン!−
その姿が再び闇に同化するその直前、いつもならなんとも心地よく響 く、リングの音がし、魔導師が立っていたであろう場所に『エンゲイ ジメント・リング』が落ちていた。
まるでシェラが手にしてくれるのを待っているかのように輝きを放っ ている。
(ち、ちよっとぉ・・・・・)
さぁーっと音がするようにシェラの血の気が全身から引く。
(そ、そんなもの・・いらないって!)
そんな経緯のリングをシェラが手にするはずもなく、リングを遠巻き にしてゲートをくぐり、街へと向かった。

 ・・その日、まだPLATE代には足りなかった為、再びHELLへ下りた シェラは、あろうことか、各階一人ずつから同じようにエンゲイジ メント・リングの贈呈を受けたのだった。つまり、13、14、15、 16各階で。
さすがに魔王ディアブロを倒すまでには至らなかった為、魔王から はないが・・・14階では死体から飛び出、15、16階はユニー クから。
付け加えて15階では、アーマーラックに掛かっていた『シェラ様、 参る』と書かれていた『Naj's・LightPlate』を入手。・・最初リン グを渡そうとした13階であった魔導師が気をもみ、仲間に頼んで 置いたとみられた。(Plateを手にした時、彼のささやきがシェラ の耳に静かに響いた。)
そして、それら全てを無視し手も付けずに来たはずなのに、しっか りとシェラの袋に収まっていたという、オマケつき。
気味悪く思わない方がおかしい・・・。

(男難、死難の相・・・って・・・)
後悔の念の渦に巻き込まれながら、シェラの意識はゆっくりと遠の いていった。
−バタン!−
その場に仰向けになって倒れてしまった。
「シェラっ!!」

・・・誰か、哀れなシェラに救いの手を!!・・・



** 終わり **


Thank you for your reading!(^-^)

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