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【 ある男と女の話 】
〜Diablo Story No1〜



  ここは、小さな村、トリステラム。人口もたいしてなく、静かな村である。
というのは表面のみ。実際には、数えるほどの村人が、息を殺すように住んでいる。
 それは、村はずれにある修道院、一時期は聖地として崇められてもいた修道院が、今や、恐怖の魔王の住処となり果て、妖しげな、そして、凶暴な魔物の住処となっていたからである。
 すでに国王の軍隊も壊滅し、今や村は、いや、世界はゆっくりと闇色にそまりつつあるのだった。

  が、そんな村に、だからこそ、興味本位や名を馳せる為に、各地から、腕に自信のある戦士やマジシャンなどが、やって来て、いつのまにか住み着くようにもなってきていた。と言っても大抵彼らの命はそう長くはなく、一度その修道院に入ると、そこから出てくる者は、数限られたいた。

 そして、村の一角にあるただ一件の宿屋、「日の出屋」の1階にある酒場は、そうした胡散臭い輩で終日連夜賑わっていた。

 その日も酒場には数人の客が呑んでいた。
仲間と何やらぶつぶつ相談しながらちびちび呑んでいる男たち。カウンターで一人静かに杯を重ねているマジシャン。がつがつととにかく空腹を満たしている戦士風の男。はたまた手当たり次第に一緒にパーティーを組まないかと声をかけている元気な兄ちゃん、と様々な光景があった。

  「おーい、親父!仕入れてきてやったぜ!」
 勢いよくドアを開け、2mほどの身の丈のがっしりとした戦士風の男が入って来た。歳は30位。恐戦士そのものの風貌。ボサボサの短い髪、鋭い眼光、浅黒い肌、宿中に響きわたる大きく低い地声。そして、鍛えぬかれた筋肉質のその身体を縦横無尽に走るいくつもの傷跡が、その男の生き様を語っていた。 

  「ずいぶん、ゆっくりだったんですね、ガラハットさん。」
 ガラハットと呼ばれたその男が、ドスンと肩に掛けていた袋をカウンターに置くと、宿の主、オグデンが早速袋を開けてみる。
「どこまで降りたんです、今回は?」
「そんなに降りちゃいねえよ。まったく、奴ら日増しに強くなってきやがる。」
 差し出された黒ビールを一気の呑み干し、吐くように言った。
「最近じゃ、夜中に村まで出て来ますからねぇ・・・早くなんとかしてほしいですよ。」
 コトン、コトン、と袋の中から取り出した液体の入った瓶をカウンターに置きながらオグデンが呟く。
「へ!何言ってやがる!だからこそ俺たちのようなのが集まってくるんだろ?商売繁盛でいいじゃねぇか?」
「今のところは、そうですがねー。魔王が完全復活してしまっては、そうも言ってられませんよ。」
ははっと苦笑いをする店主からは、そう深刻な感じは見られない。
「それは俺達も同じだがな。」
「じゃ、今回の代金です。ちょっと上乗せしときますよ。」
「お!ありがてぇ。これで、また呑めるってもんよ。」
「ここのところ若い戦士とかが大勢集まってきてますからねぇ。ガラハットさんが地下から見つけてきてくれる各種エリクサーは、結構高値で売れるんですよ。そう言えば、武器屋のグリズウォルドも繁盛してるみたいですよ。」
「あそこへも、さっき剣を数本置いてきたところさ。今回ちょっとしたものを見つけたからな、腕がなるってんで喜んでやがったぜ。」
すでにたてつづけ10杯のビールを呑み干し、それでもまた足らないのか顎をしゃくりあげ、追加を要求する。
「ところで、親父・・・・」
一息つくと、ぐるっと部屋の隅々まで見渡しながら、男が聞いた。
「コンスタンスの姿が見えねーようだが・・下でも遭わなかったんだがな。」
「ああ、コンスタンスさんですか。彼女はちょっと肩に負傷しましてね、ここ2、3日村に留まってますよ。」
「酷いのか?」
「いいえ、怪我はもう治ってるんですが、どうも調子が悪いらしく、村はずれ の魔物で試し撃ちなどしてるようです。なんでも矢を射ろうとすると痛みが 走って狙いが定まらないとか、こぼしてました。」
「ふーん・・・あの姉御がなー。そりゃ難儀なこっちゃ。」
少しオーバーに肩をすくめてみせる。
「で、今も試し撃ちに行ってるのか?」
「いいえ、確か今は部屋に・・・」
 オグデンの言葉と同時に階段を降りてくる音がする。
「ハイ!ガラハット!商売繁盛のようだねぇ!」
 足音とその声で男は階段に目を向ける。今にも壊れそうな手すりをぽんぽんと軽く叩きながら、一人の女が降りてきていた。
 日焼けした小麦色の肌、ガラハットとまではいかないまでも、けっこう女にしては筋肉質の腕をあらわにしているその女の目的も、他の戦士と同じく修道院の地下にあった。少し長めの金髪を後ろで束ねたその女は、顔立ちもプロポーションもほどよく整っており、一応美人の部類に入りそうな感じなのだが、その青い瞳からは、氷のような冷たさを感じさせていた。
「大変だったみたいだな?」
「まぁね。」
男を見るではなく、その横のイスに腰を掛けると、オグデンに注文をする。
「大丈夫なのか?」
「あは!あんたでも心配してくれるのかい?」
「一応、顔見知りだからな・・・下で何度も顔を会わせたりしてるしな。」
「そうかい。それは、どうも。」
 一向に男に興味をみせないそぶりで、グラスを傾け始めた女の横顔を眺めるように、少し間を置いてから男が言った。
「これ、よかったら使ってみねぇか?」
コトンと小さな音を立たせてカウンターの上に指輪を置く。
「何?指輪?」
すっと置かれた指輪を摘んで見る。
「純金じゃない、これ。でも、この宝石は・・・なんだろうね?」
金の輪、そして、ほんのり黄色を帯びた淡い輝きを放っているその石の中心は、妖しいまでの紅色をしている。
「じーさんに鑑定してもらったら、全ての耐性がMAXになるってことらしいぜ。」
「そんなのあったのかい?」
女は、ようやく男と顔を合わせた。
「よかったらやるぜ。」
「いいのかい?あんた、結構下まで行くんだろ?要るんじゃないのかい?」
「ま、いいさ。何とかなるからな。」
「で、その見返りは?」
「あ?」
短く言うと、男は黙って女を見つめた。
「ただってこたぁないだろ?これだけの品物なんだから。」
にやり、と口元を上げると、男は言った。
「ただでもよかったんだが、そうまで言ってくれるんなら・・・」
「なら?」
「どうだ、今晩?」
「ははは!そうくると思ってたよ。」
少し甲高い声が酒場に響く。
「いいけどね、ただ、今ちょっとそんな気分になれそうもないんだ。」
「肩・・か?」
「まあね・・・だいぶ感覚は戻ってきてるんだけどさ、いまいち思うように撃 てないんだよ。」
「ま、俺は気が長い方だからな。その気になるまで待ってるさ。」
「あは!それはどうも。」
「さてと・・もう一潜りしてくるか・・・。」
 立ち上がる男に女はその指から指輪を外し、差し出す。
「稼ぎすぎじゃないのかい?」
「腕を上げてえんだ。」
「ふーん、でもあんたなら十分強いと思うけどね。じゃ、これ、はめていきなよ。あたしはまだ行かないからさ。」
「いいのか?」
「先の約束はしない方がいいんだよ。いつ死ぬか分からないからね。」
「はは!言ってくれるぜ。じゃ、まぁそういうことにしとくか。」
「ああ、そうしといとくれ。今度会ったときもらうからさ。」
「OK!ゆっくりとな!」
 女と男の指の大きさは、もちろん相当の違いがある。が、不思議な事にその指輪はすんなりと男の指に収まった。
女はその言葉に応えるわけでも、また、男を見送るわけでもなく、背を向けたまま手を上げる。
男は、少し肩をすくめると、それ以上何も言わずに宿を後にした。



 そして、その数刻後、酒場にはコンスタンスの甲高い笑い声が木霊していた。 
「で、何?あの指輪?呪いのアイテムだったの?」
おかしさをこらえ、それでも笑いながら目の前のガラハットと話している。
苦虫を噛みつぶしたような顔をしたガラハットは、いかにも不機嫌そうに頬づえをつき、横を向いていた。
「あたしさ、なんとなくイヤな予感がしたのさ、あれを見たとき。」
「それならそう言ってくれりゃ、よかったじゃねぇか。」
視線を背ける男を面白そうに眺めながら、女は少し肩をつぼめると続けた。
「あたしだってはっきりそう感じたわけじゃないのさ。ただ、なんとなく、こう
なんか・・どうかなぁ?って感じだったのさ。確信がありゃ話してたさ。」
「まぁな、俺もちょっとすごすぎるアイテムだとは思ったんだが・・・。まさか耐性をMAXにする代わりに体力を吸収するなんざ、思いもしなかったぜ。
それもご丁寧に地下に潜ってからという手の込みようだ。入った瞬間から身体がだるいような気がしたんだが・・・まさかなぁ・・・。」
「そりゃそうさね。まさか、体力を奪われてるなんて思ってもみないさ。」
ようやく女と顔を会わせると、苦笑いをし、ジョッキを傾ける。
ーゴキュッ、ゴキュッ、ゴキュッ!ー
勢いよく一気に喉に流し込む男を見ながら、女も酒を口に含む。
「ま、巧い話にゃ裏があるっていうしさ。とにかく無事でよかったよ。」
「お?心配してくれるのか?」
「ははは!」
応える代わりに再び高らかに笑い、女はすっと立ち上がった。
「おかしいと思った時にすぐ外しゃいいのに、律儀にもふらふらになりながら、ここまでつけてくるんだから。かわいいとこあるじゃないか?と思っただけさ。」
「け!言ってくれるぜ。」
「だけどさ、体力のあるあんただから無事だったんだよ。あたしや他の奴らじゃ、到底ここまでたどり着けず、おだぶつだっただろうさ。」
「お前さんなら、その前に外すだろ?」
「ははっ!かもしれないけどさ、その前に囲まれちまったら、最後さ。」
少しオーバーに両手を広げる。
「違いない!」
男もそれを真似る。
「じゃ、そろそろ金がつきちまうから、一度潜ってみるよ。」
壁に立てかけてあった弓矢を装備すると、女は返事も待たず、入り口へと歩き始める。
「あ!おい!一緒に行ってやるぜ。まだ本調子かどうか分からねえんだろ?」
慌てて男も傍らの剣に手を延ばす。
「もうちょっと休んでた方がいいんじゃないのかい?あたしの肩なら、もうごらんの通りさ。」
男の方を振り向くと、肩を大きく回し、なんでもないところを見せる。
「バカ言え。いいようでもいざ戦闘になると分からねぇぜ。用心に越したこたぁなぇからな。」
「ふん!勝手におし!報酬は出ないよ。」
「ま、そのうちもらうさ。」
−ギ、ギーーーー・・・・バタン!−


 そんな二人の様子を黙って見送る宿の主オグデンは、無事を祈るか
のように、そっと杯を二人が出て行った戸口に向けて掲げた。
二人の明日は、いや数秒後でさえ、無事であるという保証は、どこにもない。


[The End]

【DIABLO】